異界との出入り口《春日権現験記絵》


春日権現験記絵 巻八』の一場面
板葺きの屋根の軒先から、
腰に小槌を差した赤鬼が家の中を
逆さまにのぞき込む。
家の中では男が激しく嘔吐
ただ事ではないことは察しがつきます。
屋根の上の鬼は男に
取り憑こうとしている"疫病神"

化物昼寝鼾》見越し入道ら
 鳥居清長画 1784年

逆さまにのぞき込む異形
恐怖を呼ぶ一つのパターン。
現代の都市伝説にも、
車のフロ ントガラスの上から
逆さまの顔がすっと下りてくるとか…
妖怪の見越し入道にも、
後ろからぐっと首を伸ばして
顔を逆さまに出してくる。
妖怪や幽霊が上の方から
逆さまに姿を現すというのは、
恐怖を感じるパターンとか。
ただ『春日権現験記絵』家人たちは、
鬼に気が付いていないと言うより、
見えていないのだと思います。

病人のいる家の外に石が置かれ
祭壇を置いたあとも見えます。
小屋の中には既に命を引き取った
とみられる女が横たわっていて、
《病草紙》の形相ともみえます。
詞書にはこうある…
「弥生の朔日、河原に出たるに、
 傍らなる車に、法師の紙を冠にて
 博士だちをるを憎みて
 祓戸の神の飾りの幣帛に
 転も紛ふ 耳はさみかな」

耳はさみ」とは、
林立した幣帛に紛れた紙冠、
もしくは、場にふさわしからざる
法師その人を指すとか…
呪術を終えて帰っていくのは
陰陽師の"声聞師"※1か
それとも僧形の"宿曜師"※2か。

さらに左に絵巻をたどると、
物々しい武士の一段。
詞書によると、館の主である
大舎人入道の夢にでてきた武士
人の目には見えない疫鬼、
夢の中でだけみることができる
武士の一団も疫病が可視化されたもの。
14世紀初頭の制作された時代、
"鬼と武士"に異形なる存在に、
疫病の姿が表されているのです。※3

実は武士の登場は巻二にみえ…

残虐なシーンを描き出し、
武士が世を騒がし、
厄災を撒き散らす存在
として、
共有されていたことを
焼き付けさせていました。

巻六第一段には、
地獄の表現がみられます。

実はこのシーンは、
春日明神のおはからいで
地獄行きを逃れた男。

春日明神の案内で
"地獄ツアー"の一幕なのです。
この男は興福寺の舞人であった
狛行光(こまのゆきみつ)とか…

六道絵のダイジェスト版が繰り広がる。
地獄菩薩発心因縁十王経』の
流行により閻魔王をはじめとする
十王図が多く制作され、
地獄あるいは六道を複合させた
作品が頻繁に制作された影響。

亡者を釜で煎る」とか、
熱いものを飲まされる」など、
どこかでみた地獄絵図が広がる。

巻九第三段のこのシーンも、
閻魔王庁の審判のよう。

こちら巻十四第六段…
別の"地獄絵図"のようにみえる。
京都の大火で春日権現のおかげで
家が焼け残ったとのの一場面。

守護で焼け残った家だけでなく、
耐火性の蔵を持つ土倉がみえ、
火焔という異なる存在をも
絵巻に表現したのかも…

疫病・厄災から人を
守ってくれるのはどんな力か。

人間の手に負えない一大事への
対処はあるのか??
今の時代でも異界との境目は、
はっきりしているようで、
社会をゆるがす一大事…
疫病流行が"こころに蔓延"すること、
避けられると信じたいですなぁ~



※1 声聞師(しょうもんじ)とは?
中世における賤視された芸能民。
陰陽寮に属した下級陰陽師の系譜をひく。

※2 宿曜師(すくようじ)とは?
星占を行い天皇や貴族らの運勢を勘申し、
厄払いの星供を職務とした僧侶。

※3参考文献
「疫病と美術 日本中世絵画に描かれた疫鬼」
 山本聡美 2021年 早稲田大学

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