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いのちどぅ宝の島へ③ 平和の礎

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空と雲…そこに立ち並ぶ 黒い屏風の列 … 沖縄戦終結50周年を期に 建設された「 平和の礎 」。 「平和の礎」 へいわのいしじ と読む。 1989年に編集された 『日本方言大辞典』によると、 いしじ(石地・鹵地)の項、 家の土台や沓脱ぎ などにしてある石 で 沖縄の方言なのだそうだ。 沖縄戦で亡くなられた 24万人余りの名前。 ただこの礎には、 名前さえ刻まれていない 戦没者がおられます。 「○○の妻、長男、次男」 と… 「地上戦による一家全滅」や 「名前をつけられる前に 亡くなった乳児」など。 平和の礎が建設になって、 戦没者の名前特定のため 大規模調査が初めて 行われたのですが、 そこには大きな壁… 無名戦没者 が多い 宜野湾市 と 北谷町 は、 アメリカ軍基地が 占めた地域で、 調査は難しかったとか。 断崖絶壁から海岸線、 海を眺望できる場所に 「 平和の広場 」。 沖縄戦最初の上陸地、 座間味村阿嘉島で採取の火、 被爆地広島市の「 平和の灯 」、 そして… 長崎市の「 誓いの火 」の合火。 1991年に灯し続けられたのを、 1995年6月23日の 「慰霊の日」に移し 灯された「 平和の火 」。 左手に 沖縄平和祈念堂 、 そして 沖縄県平和祈念資料館 。 平和の礎… 「 クワディーサー 」が 植えられています。 コバテイシ(モモタマナ)とも 呼ばれる半落葉性の高木。 沖縄ではよく見る街路樹… 大きな木陰ができる ので、 人の集まる場所には よく植えてあるそうです。 沖縄では古くから、 墓の周辺によく 植えられてたそうです。 沖縄では珍しい 紅葉する木 。 そして 実 は クビワオオコウモリ が 食べに来るとか… 「平和の礎」は、 “平和の波永遠なれ” が コンセプトなんだそうで、 刻銘碑は世界に向けて 平和の波が広がるように!! Everlasting waves of peace

いのちどぅ宝の島へ② 平和の丘彫像

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平和祈念公園には、 慰霊碑が数多く 立ち並んでいました。 すべてを回るには、 ほぼ1日がかり に なってしまうのです。 平和式典ゾーン の シンボルがコレ! 沖縄戦で多くの市民を 巻き込んで、 尊い人命を奪い去る 舞台となった ガマ(壕) を、 具象化したものなのです。 地下と地上のニ層構造、 地下壁には 琉球石灰岩 が 荒積みされています。 地下部分に立つと、 ガマの光景を体現できる… そんな意図があるそうです。 芝生に映えると風景… ふと北の大地を思い出した。 そう モエレ沼公園 、 彫刻家 イサム・ノグチ の 最晩年の作品たち。 ※「ミュージックシェル」 この模型※1は イサム・ノグチさんが、 広島の 平和記念公園 を 設計した 丹下健三 から 依頼されて1952年に 広島市に設計図を元に 作られたものなのですが… 実現には至らずでした(T_T) どことなく、 沖縄の 平和の丘彫像 に 似ているのです。 しかも構想では碑の南側に、 地下へ導く細い階段の 入り口もあったという。 「産道を通って胎内に  戻るようなイメージ」 … オキナワの像の話に戻ります。 完成は 2001年 のこと、 「 黒御影石製 」のアーチが 厳粛な式典を見守る。 彫像の中央には、 琉球石灰岩 の 「要石」 は、 沖縄に見立てた 「平和のくさび」 なのです。 モニュメントのデザインを 手がけたのは福岡県在住の 藤波耕司 さん。 コンペでもイサムノグチの 原爆慰霊碑案に酷似? との意見もあったのですが、 ※2「広島原爆慰霊碑(習作模型)」 イサムノグチの案を 参考にしたのかとの? 藤波氏はイサム・ノグチの 大ファンなのでこの案は周知。 「デザインソースとして参考」 と 自認されていますが、 コンセプトの違いにより、 平和の丘彫像に採用されました。 こちらは「 全学徒隊の碑 」 広い公園内には、 7名乗りの EV電気バス 。 1乗車100円でしたよ。 ※1:2013年に制作された、イサム・ノグチ氏の    慰霊碑案の30分の1サイズ復元模型 ※2:イサム・ノグチ「広島原爆慰霊碑(習作模型)」    (1982年。オリジナルは1952年) ※このブログは中国新聞 『コレクション再発見』イサム・ノグチ 「広島の原爆死没者慰霊碑(...

いのちどぅ宝の島へ① 沖縄平和祈念堂

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久しぶりの沖縄… プロ野球のキャンプ に 来たのは初めてだけど。 やっぱりここは 訪れておきたかった 「 摩文仁の地 」。 沖縄平和祈念堂… ブロンズ像「 少年 」は、 彫刻家 佐藤忠良 さんの 手によるもの。 宮城県出身の佐藤さん 「苦悩を内に秘め、  過去、現在、未来を  凝集した表現を目指した」 というこの像。 沖縄を象徴するかのよう、 像の黒、塔の白、そして青空 。 1978年10月1日開堂の 「 沖縄平和祈念堂 」。 公益財団法人 沖縄協会によって管理、 5月5日「 こどもまつり 」、 6月17日 「 レクイエムコンサート 」、 そして6月23日 沖縄全戦没者追悼式の 前夜祭も行われる場所。 そして大晦日の夜から 元旦にかけては、 「 摩文仁・火と鐘のまつり 」。 塔と同じフォルムをした 七角合掌型高さ9mの 鐘楼「 平和の鐘 」。 澄んだ音色が 摩文仁の丘に鳴り響くとか。 堂内に入ると… 沖縄平和祈念像 が鎮座。 高さ12m、幅約8m。 像の作り上げには、 ここ沖縄でしかなし得ない 技法が用いられています。 漆に粉の絵具(顔料)を 混ぜた 堆錦 (ついきん) という 漆の餅を作って、 漆器に装飾する技術。 像を手がけたのは、 沖縄県那覇市生まれ 山田真山 画伯。 1940年沖縄に帰り 沖縄戦を体験されました。 本来平面的に使われる 堆錦の技法を、 立体的彫刻に活かす 技術を開発されました。 堆錦は気候条件に 極めて敏感…、 沖縄以外での 像の実現は難しいとか。 よく見かける仏像と 異する台座には、 想像上の花や蛟竜 (こうりゅう) 。 台座の火炎は 地球のマグマ を表す、 その上に配置される花弁、 6弁は 6大陸 を意味するとか。 「平和の心象を人間像を  媒体にして具現すると、  日本人の感覚としては  必然的にこのような形になった」 山田真山画伯のコトバです。 堂内は日本画壇の 美術館でもあります。 《唐破風(からふぁーふ)》   安次富 長昭 《回想する守護神》   大嶺 政敏 《石庭(京都・竜安寺)》   稲垣 久治 祈念像の周りには、 西村計雄 画伯の連作で 壁面が飾されています。 「第6作 花風 哀しみをたえて」 船出する愛しき人との 別れが 描...