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いけふくろうの棲家へ〜池袋・御嶽神社

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池袋駅西口から およそ10分くらいのところ、 「 村社 御嶽神社 」という氏神さま。 ヤマトヒメノミコト から剣を得て、 威霊によって駿河の野火の難を逃れたという 草薙の剣 の話の主人公である  ヤマトタケルノミコト を お祀りしていて、 古くより防火・厄除けの 神徳が あると伝えられています。 創建はあまり詳しくは伝えられていませんが、 江戸開府以前の天正年間(1573-1592) のころ。 1938年(昭和13)に村社に列格されたおりに、 社号が「 三嶽神社 」から改称されたとか。 フクロウの森は この辺にあったのかどうか? 池袋では 3番目に古い梟親子像 なのですが、 意外と新参者で 2002年 なのです… 池袋の袋から苦労を除くから「 不苦労 」は、 新しい話なのかも知れませんね。 東京大空襲のときは一面焼け野原、 でも 本殿だけは残った とか、 その意味で厄除けにはピッタリです。 参拝すると 不思議と悪いことがおこらないのだと、 地域住民に愛されているお社です。 ひょっとしたら、 この龍が水を吹いたのかもね。 境内社に「 子育稲荷神社 」があって、 願いが叶うと 最近評判が広がっているそうです。 御祭神は 「保食神」(ウケモチノカミ) … 保食神の「ウケ」とは「ウカ」の転化、 食べ物を意味しているので食べ物の神様。 保食の神のところにやってきた 月夜見尊(つきよみのみこと)は、 保食の神が口から様々な食べ物を出して もてなそうしているのをみて、 「口から出したもので私をもてなそうとは、 けがらわしい」と怒って保食の神を殺してしまいます。 そして、月夜見尊が天照大神にそのことを報告すると、 天照大神は「あなたは悪い神だ、もう会わない」 と言って、昼と夜とに分かれて住むようになった。 その後、天照大神が天熊人(あまのくまひと)を 保食の神のもとに遣わすと、 保食の神は確かに死んでいたが、 頭に牛馬、額に粟、眉に蚕、目に稗、 腹に稲、陰部に麦と大豆と小豆が生まれていた。 天熊人がこれらを持ち帰ると、天照大神は喜び、 「これらは民が食べて生きていくものだ」と言って、 田畑の...

池袋のフクロウたちとの待ち合わせ

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こないだの西武ドームへの遠征では、 「 池袋 」のホテル泊だったのですが、 袋のような盆地の窪地に 多くの池があって、 このような地形の印象から、 池袋とよばれるようになったそうです。 そしてその池の周辺には 多くの フクロウがいた森 があったとか… 西口駅前広場 にドーンと目立ってた、 植木で出来たふくろうの親子。 「 えんちゃんふくろう 」とお母さん。 豊島区の まちがどサロンのマスコットとして、 「 みんなのえんがわ池袋 」という 商店街の空き店舗利用の交流広場で、 2010年に誕生したキャラだそうです。 えんがわの「えん」と 人と人の縁の「えん」から 付けられた子です。 お父さんとか・・・ ところで、この植木アートたちは 「 モザイカルチャー 」と呼ばれるもの。 骨格に土を詰め込んで、 植物や花を植えて作り上げられたもの。 2000年の モントリオール大会 から 使われ始めた新しい言葉で、 「 モザイク 」(寄せ集めの模様)と 「 カルチャー 」(文化)の造語だそうです。 駅構内の地下街にはよくよく探すと、 いろんなところにフクロウがおりました。 池袋西武への アゼリアロード っていう 壁面にはあったレリーフです。 このフクロウたちは 「 いけふくろう 」として、 1987年のJR発足を記念して、 東口の地下コンコース に置かれています。 宮藤官九郎脚本のテレビドラマ 『 池袋ウエストゲートパーク 』では、 山Pこと 山下智久 演じるシュンが いけふくろう を盗んだって設定だったとか。 JR、都営地下鉄、東武、 そして西武にもいろんな改札口があって、 そこかしこにフクロウがいるそうですが、 いろんなところにあり過ぎて、 どこが定番なのかギモンです。 それよりどの場所も夜ともなれば、 どこもごった返していて、 立ち止まるのもママナラナイ感じTдT) ケイタイにスマホの時代だし、 そもそも「待ち合わせ」っての、 若い子はするだろうか?? 「いけふくろう   人がまた幸せと待ち合わせる         いけふくろう 」