トヨタ王國をあるく⑤ 挙母という土地
ワールドカップラグビー 、 アイルランドに快勝でしたね。 豊田スタジアム での、 日本vsサモアの一戦は、 いよいよ来週10/5です。 今や遅しと待ち受ける、 街の姿がありました。 ラグビーといえば花園、 と信じて疑わない 虎次郎としては、 羨ましいの一言に尽きます。 遠くにみえるスタジアム… 熱くて近づけませんでした。 少し高台にある「 挙母城 」の 隅櫓近くから… 隅櫓は1977年復興のもの。 豊田市はもともとは、 桑畑がひろがる「 ころも 」 という地名が付いていました。 またの名を 七州城 、 三河・尾張・美濃・信濃・ 遠江・伊勢・近江の 七つの国が見えるから 「しちしゅうじょう」。 もとは 衣藩 と書いた 挙母藩 は、 藩主の交代が激しかった地。 最も長い藩主の 内藤家 、 寛延2年に群馬県安中市から 移ってきたのですが、 矢作川にあった城が被害に遭い、 その後この地に移転したとか… ちなみに廃藩置県まで、 藩主は内藤家でした。 城郭のあとには、 豊田市美術館 が聳えています。 今回の旅のもう一つのお目当て、 クリムト展 については、 改めて… 「 豊田市近代の産業と くらし発見館 」へ… さらりと「 豊田市の歴史 」を おべんきょ〜。 養蚕で栄えた町とか… 豊田産業文化センター がある場所は、 かつて「 加茂蚕糸 」として 生糸の生産 があったとか… そして 綿糸 へ…「 ころも 」と 深い関わりのある 土地だったのが挙母でした。 いまは豊田市駅… かつての 挙母駅 開業の一枚。 手前に写るのは 桑畑 なのです。 くらし発見館は、かつての 愛知県蚕業取締所 第九支所 。 登録有形文化財指定の 1921年に建設された建物。 鉄筋コンクリート造の壁に、 木造小屋組の 入母屋風瓦屋根 を 載せています。 コの字型の平面型としたのは、 蚕病予防のための研究機関 で、 明るい室内を意識したから。 鬼瓦や柱の頭部に伝統的な 和風建築を意識したデザイン。 製瓦業が盛んな地でもありました。 町内の 衣ヶ原 という地には、 民間飛行場があったそうです。 農地としては不向きでしたが、 名古屋市の起業家であり、 飛行士でもあった 熊崎惣二郎 は、 草原の飛行場を作りました。 中村寿一町長らが発起人、 町民からも寄付を募られ、 1937年に購入されたのが、 全国