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「広島の水辺を楽しむ」4〜ピースふるなキモチ

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「雁木タクシー」の水辺めぐりも いよいよクライマックスへ!!! 太田川に架かる「空鞘 (そらざや) 橋」の左岸は、 「 基町POP'La通り 」と呼ばれている 山と川と都心ビルを見渡せるエリア。 POP'Laはポップラと読み、 ポプラの木を表しているのだそうで、 『 基町ポップラ物語 』は 水辺広島の誇りとなっています。 2008年まではこの辺りに 旧広島市民球場 がありました。 ラストイヤーに通ったころが思い出されます。 T字型になった「相生橋」 に近づく。 上空からみるとTに見えたことから、 原子爆弾が落とされる目標になったと伝わる橋。 橋をくぐると・・・見えてきたのが そう「 旧広島県産業奨励館 」。 そう爆心地にほど近いところに立つ 世界遺産にもなった「 原爆ドーム 」です。 世界遺産になったことがキッカケとなり 耐震性の調査 が始まっているそうで、 足場が組まれていつもとは違った フォルムをみせていました。 原爆ドームに向かって元安川の左岸にある 「雁木タクシー」の水辺基地より 、 雁木組さんらから手が振られます。 「元」の字のデザインの 「 元安橋 」をくぐり、 そして「 平和大橋 」を過ぎさらに下流へ。 ほどなくすると 元安川に浮かぶ「 かき船 かなわ 」さん。 広島の有名なスポットであるのですが、 2014年以降は河川事務所が、 「 河川管理に支障がある 」として 河川の占用許可を更新しない方針??、 存続の危機に直面しているのだそうです。 ふたたび上流の原爆ドーム前の雁木へ。 いや〜〜大満喫の「 雁木タクシー 」でした。 キモチのよい広島を体験できたことに感謝です。 そしてピースフルな日々にも感謝(・ω・)v ちなみに1時間のチャーター、 いわゆる1万円ぽっきりです。 6人まで乗船可能なのですが、 「タクシー」なので空車?いや空船があれば だれでも使うことができます。 記念撮影をしたり、 カープファンのスタッフさんと マエケン☓フジナミ対決の話をしたりしていたら、 ついつい船代を渡しそびれてしまったり... (虎次郎が先に気づいてお渡ししました(笑)) 楽しいスタッフさんの笑顔も魅力ですよ! 「BOOSUKAさんのぷらぷら日記」 ぷらぷら日記.8...

「広島の水辺を楽しむ」3〜工兵橋から楠木雁木へ

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広島市内に架かる唯一の吊り橋の「 工兵橋 」、 「 白島 」というところに戦時中は 陸軍工兵第五連隊が置かれていたそうで、 「 牛田 (うした) 」にあった演習場を結ぶために、 1933年(昭和8)に架けられた橋です。 もともとこの橋の存在は 「 BOOSUKAさんのぷらぷら日記 」で 知っていたのですが... 野球観戦とセットに巡るには... あまりにもディープすぎて機会がなかったのです。 でも「雁木タクシー」さんのマップに オススメスポットになっていたので、 「広島の水辺を楽しむ」の クライマックスの一つでもありました。 念願かなってのご対面です(・ω・)v 満潮時には木々が鬱蒼となって、 ちょっとしたアマゾン体験になるとか。 原爆によって白島地区はこの工兵隊付近を 除いて全焼したのだそうですが、 この「工兵橋」は運良く損傷が少なかったので、 多くの人たちがを渡って避難されたそうです。 「BOOSUKAさんのぷらぷら日記」 ぷらぷら日記.37 被爆に耐えた「工兵橋」編 この辺りはいわゆる  汽水域  で、 シジミや鰻、そして鯉や鮎もいるそうです。 汽水域とは?? 感潮域とも言い。満潮時に河口から海水が遡る範囲。 干満の差が大きな地城では、干潮から満潮になるとき、 川が逆流することもあるのでカヌーなどの航行には注意が必要。 本川(旧太田川)の本流の中洲が、 「 鷺島 」ともよばれているそうです。 まもなく巣立ちをしようと飛ぶ練習をしている ヒナたちが見られました。 この一帯は「 シジミ漁 」が行われていて、 漁師さんたちが 栽培漁業 をされていまです。 だから勝手に取ったりしちゃだめなんです。 まもなくすると「 楠木の大雁木 」。 太田川流域は山がちで平地が少なく 陸上交通が 発達しにく地域でもあったので、 干満の影響を受けるとはいえ 大きな船着場が 設けられたとか... まさにこの雁木がそれですが、 お城の対岸に造られているのは、 敵の防御に備えるしくみになっていて、 旧太田川そのものが 外堀の役目を担っています。 この辺りは桜の名所でもあります。 さくらの季節には「 さくらクルーズ 」 なんてのもあるらしいっす(・ω・)v 春の...

「広島の水辺を楽しむ」2〜縮景園を臨む

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雁木タクシー は京橋川の栄橋を過ぎると、 靄のなかを進みます... 次第に木々の高さが高くなってきて、 しばらくすると 右岸に見えてくるのが「 縮景園 」。 手塚山通信「縮景園」のブログ 2009年8月12日 黄・赤・青日記 第3回 大名のお庭 広島藩主 浅野長晟 (ながあきら) が、 築堤した別邸の庭園です。 いわゆる回遊式庭園で 幾多の景勝を縮めたの意で、 この名が付けられています。 実は... 避難先に指定されていたこともあって、 被爆直後から多くの避難者が 集まってきていた地でもあります。 庭園内には慰霊碑があります。 縮景園の池は京橋川とつながっていて、 ここがその取水口になります。 お殿様専用の雁木 。 でも 最近8年越しの夢がかない、 ここの雁木にも 「雁木タクシー」が 着けるようになったとか… 何度も「縮景園」側に交渉された 「 雁木組 」さんの 地道な活動の成果でもあります。 NPO法人「雁木組 通信」より もともとは木柵があったそうです。 その撤去にむけて 幾多の 協議を重ねられたとか… 今では発着の ルートに なったのを 知り、 ここから「縮景園」に乗り込もうかと... 「雁木タクシー」へのスイッチが 入ったのがこのエピソードなんです。 NPO法人「雁木組 通信」より 「縮景園」の側を過ぎると見えるのが 新幹線とJRの架橋 が川を横切ります。 この辺りには水をキレイにする 葦原が広がっていました。 次回は 「 工兵橋から楠木雁木へ 」(・ω・)v

「広島の水辺を楽しむ」1〜雁木タクシー

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広島という"まち"に通い始めてたのは2003年、 当時はクライマックスシリーズもない頃、 8月のロード中に訪れたのが最初でした。 観戦メモには2003/08/09 旧市民球場にて、 スコアは●1−5で負け  次の日も見たのだが●1−3。 独走していた タイガースが唯一ソコ だった時期。 ちなみに8月8日も観戦予定だったのですが、 晴れていたけど 台風一過で交通機関がマヒ してて、 「 晴天中止 」となったのを思い出しました。 前置きがずいぶん長くなりました。 風変わりな広島体験をしようとググってたら、 「 雁木タクシー 」なるものを発見!! 雁木 (がんぎ) とは階段状の船着場のことで、 関ヶ原の戦い以後の江戸時代 福島正則が この地を治めたころから作られたもの。 生活物資の運搬船など 鉄道やトラック輸送に代わるまで 廣島の生活を支えた存在だったようです。 潮位の変化に応じて運行されるため、 乗り込めるチャンスは日曜だけ... しかも11時30分までには降船せねばならない。 事前にメールやら電話やらで調整して、 1時間チャーターを予約しました。 乗り込んだのは「 猿猴橋 」のたもとの雁木。 広島駅に一番近いのがココで、 泊まっていたホテルがたまたま「雁木近」。 ちなみに 「猿猴」とは河童のこと 。 船首から乗り込みます!! 船長は「 ジゲンさん 」...ルパンはいずこ? 乗船直前までかなりの雨が降っていたのですが、 カッパ持参で乗り込むと 水上バイクのカップルやらカヌーなんかで 水辺を楽しむカッパたちに遭いました。 趣のある欄干の「 京橋 」。 広島城開城の  毛利輝元 の時代に 架けられた木橋が最初なんだそうで、 西国街道につながる 「 京都へ続く橋 」でこの名があり、 原爆投下にも落橋を免れた まさに 歴史の証人 とも言える存在です。 京橋川沿いの京橋から栄橋の間には、 小さな雁木がいくつも見られます。 現在はビル群が立ち並ぶ地域ですが、 江戸時代には大きな屋敷が並んでいたところ。 川に繋がる 裏木戸 がつけられていた 「御屋敷専用雁木」だったようです。 人工石で取り囲んだものや、潮が引くと 川中に石敷が現れるものもあるそうです。 京橋のたもとには オープンカフェ が最近オープン、 外国人の観光客の人たちに人気があるら...