はじめてのウポポイ


2020年7月に誕生したウポポイへ!
6月交流戦の時に行くつもりだったけど、
KIXとITMを間違え^^; リベンジです。
今回の千歳エスコン遠征は、
虎とは関係なしだけど、
再来年の交流戦まで待てずに…

ただ遠くにある台風の影響で、
道央は連日 雨予報…

エントランスへ続く「いざないの回廊

雨垂れではなく…

キツネ、エゾシカ、

こちらは丹頂鶴

約80種の動植物が描かれる

自然と共に暮らしてアイヌ民族を
感じさせるアプローチ。

キャラクターは"トゥレッポん"
トゥレプの年頃の⼥の⼦。
 ⼩さい頃は⼟の中で育って、
 年頃になったらイルプになったり、
 さらに美味しいお料理に変⾝。
 性格はのんびり屋さん。」

手に持つのは
トゥレプの茎とトゥレプアカㇺ。

"トゥレプ"とはオオバユリのアイヌ語
種⼦から花が咲くまで10年近くかかり、
毎年葉をつけては"鱗茎"に養分を蓄える。
シカやサケなどにならにで貴重な食糧、
でんぷんは保存食、薬として利用。

とにかく雨雨雨…仕方ない(T_T)

雨宿りも兼ねて
"国立アイヌ民族博物館"より、
"ウイルタやニヴウの衣装
樺太中北部からアムール中流域に
居住のウイルタやニヴウなど
先住民族の衣服は、
体の前面でボタンなどで留めるタイプ、
アイヌのそれとは違うのだそうです。

アイヌの儀礼衣装をつける男性は、
頭にイナウを削った被り物
交易で得た耳飾り。

エムㇱアッ(肩掛帯)を下げ、
儀礼刀=エムㇱを佩(は)き、
陣羽織を着用しました。




アイヌの漆器は、
和人との交易で入手したもので、
カムイ儀礼でも大事に扱われたとか。

こちら"伝統的コタン"での再現、
伝統的な歌ウポポを歌う時には…

車座に座りシントコ (漆塗りの容器)の
蓋を掌で軽くたたきリズムをとる。
体験させてもらいました。
「ウポポ アキ ロ」というとか…

松前藩とかの家紋が入る
オリジナルもあれば、
独自で意匠として作られたものも
あるそうです。

伝統的なチセ(家屋)にはカムイが
出入りする神聖な"神窓"があり、
儀礼のときだけ使われます。
この窓の外から家の中を
覗いてはいけないそうです。

アイヌの祭具のひとつ"イナウ"、
カムイや先祖と人間の間を取り持つもの、
かつては"木幣"と訳されるように、
御幣と同様な役割を担っているのです。

体験交流ホール "ウエカリ チセ"での
"シノッ"の上演整理券をもらって…
アイヌの歌・踊り・語りを見ました。
広い敷地内に体験イベントなどが、
そこかしこで行われていました。

上演中の撮影はNGなのでパネルより



"ウエカリ チセ" とは、人の集まる家。

"ヤイハノッカラ チセ"は自分で学ぶ家の意、
"イカラ ウシ"は工房のことで、
パンフレットや案内にはアイヌ語表記。

消火器、消火栓にもアイヌ語。

"シノッ"を見終わって外にでると、
激しい雨が降りしきる。

乾かしてるのにズブ濡れ…

アイヌ語にもいくつもの方言差があり、
地域に特色があり、生活様式が異なる。
"テエタ カネ アン コタン"=昔の村も、
白老地方の伝統的な様式で復原されています。

"" と呼ばれる貯蔵庫には、
干し魚や干し肉、アワやヒエなどの穀物、
山菜やタバコなどが保存されました。
"ニカゥ"と呼ばれる梯子が付きます。
左にみえるのが仔グマの檻 "へペレセッ"、
仔グマが成長すると屋内の檻を建て
大切に飼育されたそうです。
そして1〜2年ほど後に、
その霊魂をカムイの世界へ送り帰す、
熊の霊送りの儀礼 "イヨマンテ"…

こちら明治期刊行の
《現如上人北海道巡錫絵図》
二代 国貞の「訓縫(くんぬい)」。

博物館前の胸像
リトアニア生まれの人類学者
ブロニスワフ・ピウスツキという人。
ポーランド初代大統領
ユゼフ・ピウツスキの兄にあたり、
ロシア皇帝暗殺未遂事件
加担したとして樺太に流刑に…
その後、アイヌやニヴフなどの
先住民族の研究に従事し
ひと夏を白老で過ごし
アイヌの人々と寝食を共にして
貴重な資料を後世に残した人。 

晴れたらよかったけど…

幻想的な情景が広がっておりました。

アイヌ文様の絵ハガキをいくつか…





次は初夏に訪れよう!!

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