ヒロシマ・ピースライン【広島弾丸ツアーレポ4】

広島弾丸ツアーレポ 第4弾は、
こないだブログってた。
ヒロシマ・ピースラインのお話(・ω・)v






























原爆慰霊碑→原爆ドーム→広島市民球場
 虎次郎だけが言っているのかも知れませんが。
「ヒロシマ・ピースライン」

平和記念公園周辺は戦前は、
当然家屋が建ち並んでいましたし、
原爆ドームも実は
1915年(大正4年)に
広島県内の物産品の展示・販売をする施設として建てられた
「広島県物産陳列館」。。
のちに「広島県産業奨励館」に改称されています。

設計は チェコ の建築家 ヤン・レツル 氏によるもの。
一部鉄骨を使用した構造で煉瓦造、
石材とモルタルで外装が施されていたようです。
























当時非常に珍しかった大胆なヨーロッパ風の建物は、
川面に映えるモダンな美しさは
  市民のランドマークでもありました。



























ところで、、2005年の8月29日に
TBS系列で放送されたドラマをご存知でしょうか??
『広島・昭和20年8月6日』
広島の産業奨励館近くに住んでいた、とある5人の姉弟の
昭和20年7月16日から8月6日までの20日間を描いた物語。
松 たか子 さんが演じる矢島家の長女・志のぶは
死んだ親から継いだ天神町の旅館を営んでいました。

























「広島平和記念資料館」にある当時の町並み図にも、
舞台となった天城旅館」がありました。
元安川に面し千坪以上の敷地に木造3階建て、
60以上の部屋数を数える壮大な旅館やったそうです。
「平和記念資料館東館」の北東に位置していたといいます。
























原爆投下前の「広島県産業奨励館」の姿。
平和記念資料館のジオラマのひとつです。
木造の日本家屋が建ち並ぶこの地区では、
異彩を放っていました!!


ドラマでは次女・信子演じる
加藤 あい さんが「
産業奨励館」に勤務する
恋人からのプロポーズを8月6日の
午前9時に伝えるという設定がありました。

幸せをつかみ始めた彼女らの日常が
あの8時15分の閃光とともに。。。



























平和記念資料館には、Tシャツを着た
ボランティアスタッフがおられます。

「とにかく資料を見てください」

     話されているのがいつも印象的です。

虎次郎は広島を訪れる度にこの資料館に足を運ぶ、、
何度も見ているのでどこに何が展示されているのかも、
知っているがとにかく訪れます。
いいイミで日常のように・・・

野球を楽しみに訪れるヒロシマ。。
平和な日々があるからこそ楽しめる野球。
そんな感謝の日々をカラダで感じるために。。
これからもヒロシマ観戦ツアーに
 平和資料館は外せないと思います
。。

この日もこちらからボランティアスタッフさんに声をかけた。
「市民球場に見に来られたんですね」・・・と返って来ました。
「毎回ここに来るんですけど、
 球場の場所が変わってもまた来ますね」
と・・・

来年からはドームから離れたところに新球場が誕生します。
スタッフさん曰く阪神戦の時が一番来場者が多いとか。
この日もレプリカユニを着て、
タオルマフラーで汗と涙を拭う姿が多く見られました。

野球を見られる日常に感謝しつつ。。























(・ω・)v(・ω・)v(・ω・)v(・ω・)v
(・ω・)v(・ω・)v(・ω・)v(・ω・)v



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