三女神宿る 宗像大社へ 湍津姫神祀る中津宮へ
宗像大社総社まで来たのだから、
島を渡って中津宮へ。
福岡県で最も大きな島は、
筑前大島とも呼ばれ宗像七浦の一つ。
辺津宮からバスで神湊港渡船ターミナルまで、
バスでおよそ10分ですが、
あまり本数は多くはありません。
神湊港から"しおかぜ"で15分。
宗像市営の航路は7:40初発で日7便、
フェリーだと25分かかります。
船内にはトイレもありますが、
時間の余裕をもって…
船内はデッキもありますが、
クーラーの効いた客室へ。
"地島"(じのしま)を船内より、
古くは交通の要衝だった島、
黒田長政が参勤交代の折り
立ち寄った史実があって、
殿様井戸、殿様波止など
名残りが遺されています。
大島港渡船ターミナルで
レンタサイクルを借りて中津宮へ。
しま山である標高224mの御嶽山、
その麓に祀られる宗像大社 中津宮。
大島の御嶽山山頂でも露天祭祀が
8~9 世紀にかけて営まれたとか、
遺跡のある御嶽神社は、
参道でつながれた"中津宮"の
一部とみらています。
おそらくこのラインに辺津宮が
結ばれるのではなかろうか。
60段ほどの石段を登ると…
辺津宮とも同じく
"神勅"の額を掲げる拝殿。
永禄9年(1566)再建の本殿は、
大宮宮司 宗像氏貞の寄進。
拝殿は1928年の戦前の内務省による造営。
「神光照海」と揮毫された朱塗りの灯籠。
話は少し脱線しますが…
日露戦争の局面を決定づけた日本海海戦、
世界最強のロシアのバルチック艦隊を
打ち破ったのは対馬海峡、
くしくも神宿る島・沖ノ島近くの
海域が戦いの舞台となりました。
海上で行われた戦いを目撃した
民間人のうちのその一人は、
沖ノ島に在勤していた宗像大社の
神官の下働きをしていました。
毎年5月27日、
一般人の上陸は規制される
沖ノ島ですがたった1日だけ
入島できるのです。
女人禁制などで抽選で選ばれた
約200名の男性たち。
「沖津宮現地大祭」というものですが、
両国の戦没者の慰霊のためのものです。
沖ノ島に残る戦争の跡は、
日露戦争だけでなく、
太平洋戦争時は軍事拠点に。
旧陸軍は1940年に沖ノ島に砲台設置、
戦時中は約200名の兵士が
島で生活をしていたそうです。
時が移って2017年7月に世界遺産登録、
2018年以降「沖津宮現地大祭」でも、
一般人の上陸を全面的に禁止に。
三本束ねで丸と四角の鰹木、
鰹木は通常は丸いものが
複数のっていますが、
円形のものと四角形のものとが
各々3本ずつ束ねてあります。
鰹木は陰と陽を表し、
3つ束ねたのは宗像三女神を
表していると言われています。
京都 吉田神社の大元宮も
形式だとか…また確認しとこ。
天ノ真名井(あめのまない)
日本神話によると、
天照大神が十束剣を3つに割り、
天真名井の水と一緒に口に含んで
かみ砕いたところ、
そこから3柱の女神が生まれた…
宗像大社三女神のこと。
御嶽山を源とする天ノ川が流れる…
天の川を挟んだ丘に織女神社。
挟んで牽牛神社が鎮座、
2つの神社はあわせて「星の宮」。
日本における
"七夕伝説発祥の地"と知られる。
大島に残る伝説では、
唐に派遣された若者が、
機織りを仕事とする女性 織女を
大陸から連れ帰り、恋に落ちた。
しかし、若者は帰国後、都に戻り、
織女と離ればなれになった。
若者はある日、夢枕で
「大島の宗像大社中津宮に行くように」
とのお告げを受けた。
早速、大島に向かい、
天ノ川でみそぎをしていたところ、
桶の水に織女が映っていた。
若者は水鏡の中で、
織女との逢瀬を重ねたという。
導きの神 "猿田彦神"が祀られていました。
"海の道"
潮がひいた時にだけ現れるとか、
カップルで歩くと2人の中を
更に深めてくれるという
恋愛パワースポットとか、
おひとりさま だけど渡ってみようと、
黒ずんだ岩に乗った瞬間。
スッテンコロリン(T_T)
しばらくすると若い女性も同じく…
やはりカップルでないと弾かれるのか。
海釣りに興じていたオジサン曰く、
「黒いところは海苔だから
間違いなく滑るよ…」
はよ言うてや〜〜
大過ありませんでしたが、
チノパンに海苔ベッタリ。
こちら"夢の小夜島"
連歌師 宗祇の『筑紫道中記』に
「浜千鳥 声うちそへて おほしまの
波の間もなく 誰を恋らん」
と歌われています。
引き潮時は島まで歩いて行けるとか…
あえてチャレンジしませんでした。
気をとりなおして海水浴場の
シャワーで海苔を流して、
渡船場から徒歩5分のとこにある
漁師料理 海宝丸さんへ。
店主である漁師さんが毎日獲った魚たち、
活鮑が踊っていました!!
船上からみえる中津宮。
また来ます…
海釣りに興じていたオジサン曰く、
「黒いところは海苔だから
間違いなく滑るよ…」
はよ言うてや〜〜
大過ありませんでしたが、
チノパンに海苔ベッタリ。
こちら"夢の小夜島"
連歌師 宗祇の『筑紫道中記』に
「浜千鳥 声うちそへて おほしまの
波の間もなく 誰を恋らん」
と歌われています。
引き潮時は島まで歩いて行けるとか…
あえてチャレンジしませんでした。
気をとりなおして海水浴場の
シャワーで海苔を流して、
渡船場から徒歩5分のとこにある
漁師料理 海宝丸さんへ。
店主である漁師さんが毎日獲った魚たち、
活鮑が踊っていました!!
船上からみえる中津宮。
また来ます…