野球帽の研究 第7講義〜野球帽の試行錯誤


1951-1952
読売ジャイアンツ

大日本東京野球倶楽部
名乗っていた草創期の
ジャイアンツのユニは、
銀座テーラー」という
テーラーでの仕立てだったとか。
1935年にアメリカ遠征で
持ち帰った野球帽を
銀座の八木帽子店に持ち込んだ。
分解して構造を
分析したものなんだだそうです。

1950-1951 読売ジャイアンツ

Gに音符がついたような飾り文字。
ドイツ風の飾り文字は、
毎日オリオンズ西鉄ライオンズ
使用していたらしく。
おそらく八木帽子店のものは、
金糸で綴られていたように思える。

1979・1980
 オールスターゲーム(阪神)


セ・パ両リーグ誕生30周年を
迎えた1979年は一風変わった
プロモーション…3本のライン。
アメリカで1870年代に一世風靡した、
ピルボックススタイルの帽子。

1979 オールスターゲーム(南海)

1979年のオールスターのキャップは、
すべてミズノ社が手掛けたそうで…
今でこそ統一球はミズノ社製、
そんな手がかりはこの帽子に
あったかも知れません。

1979オールスターゲーム(近鉄)

赤と紺のトリコロールカラー
この帽子は復刻されたら
即買いなんだけどな。

2011
オールスターゲーム(プラクティス)

東日本大震災の復興を願った
「がんばろう!日本」の文字。
両リーグともに同じ
カラーリングになった年。
東京開催予定が宮城に…
由規田中将大が先発登板。

1980 ジュニアオールスターゲーム

ピルボックス型はその後も復活、
2012年には球界初の試みで、
審判用帽子にも復刻されました。

1940年代後半になると、
バックラムという綿生地の
前部パネルの補強材が
登場します。
野球ファンがひいきのチームの
帽子を被るようになったのは、
戦後のことです。
シカゴ・カブスの帽子メーカー
アメリカン・ニードル社
初めたのが1946年のこと、
売り出してみると好評、
そのルーツだとのこと。

1988-1992
日本ハムファイターズ

フロント部分を白に変更した
1988年は東京ドームが
本拠地になった年でもあります。
現在の帽子のは6つの
パネルで出来ていて、
初期は8パネルでした。
日本では八方として
長らく珍重されていました。

一つ一昔前、
帽子の裏に白いメッシュ
内蔵されている
キャップがありました。
前立メッシュというもので、
面部分の型崩れ防止、
チームロゴやエンブレムが
頭の形に密着して
寝てしまわないようにとの
配慮で付いていました。

2012 
北海道日本ハムファイターズ

いまやマークも昇華プリント、
イベント帽には地図の
シルエットが描かれるまでに。

2018 広島東洋カープ

「℃℃℃ ドドドォー!!!」


「野球帽の研究」は綱島理友さんの
 『野球帽大図鑑』を参考にしています。

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