遊郭の残照 鯛よし百番 第二幕 日光陽明門へ


顔見せの裏側は"日光の間"、
陽明門が煌びやかに誘います。



左甚五郎の"眠り猫"のそっくりさん
百番では陽明門にて座候。

木鼻たちも本家にぐっと、
細部に至るまで模倣され、
装飾で彩られています。



唐獅子の彫り物も秀逸。

引戸には黒漆螺鈿の細工があり、
花卉の装飾は裏表に八面ずつ、
計十六面が施されています。
こちら室内側の四面。

"日光の間"は待合

金地の"天女飛翔図"

右側には付書院

水墨画の"雲龍図"に
見下ろされます。

唐獅子、牡丹、鳳凰などの
モチーフは桃山美術を意識…
過剰な装飾は
キッチュとも思わせますが、
遊郭という空間の演出として
当然のものでりました。



大阪公立大学の橋爪紳也 教授は
こう解説されています。
「桃山風意匠のパッチワークの
 ごとき室内は、いささか俗悪と
 捉える人もいるだろうが、
 同時に小粋でもある。
 「豪華絢爛たる安普請」
 と評した専門家もいるが、
 納得できるところだ。
」と。

徳川の葵の御紋も柵なし、
躊躇なく振りかざされます。



東壁面にも金地の"牡丹図"、
黒塗枠は北玄関からの開き戸
遊女たちの出入口
使われていたのかも知れません。

北玄関ホール天井装飾、
"遊女部屋"がこの奥にあり
戦前昭和12年ごろは、
「ダンスホール」だったとか。
ミナミや今里からも、
粋な旦はんが芸妓さんが
踊りに来ていたそうで、
遊女も泊まりの客とそこで
よく踊っていたようです。

中庭には夫婦岩の石組

大木のモチノキが2階屋根を
はるかに通りすぎる。

夫婦岩の陽石は幅80センチ、
高さ280センチの
約1.8トンとか…
陰石は5トンを超える巨岩。



住吉大社を模した反橋
その奥には"桃山殿”、
大きな宴会が催されていました。



2階にあがって見下ろすと、
擬宝珠のつく三条小橋の欄干。

折上格天井となっている階段ホール

タイル貼が遊郭らしさを、
醸し出して思います。

ハーフティンバー風な部屋
洋館がくっついています。
外観はこんな感じ

中国風な彫り物が迎える部屋

路地風の廊下のつきあたりに井戸、
朝顔や つるべとられて
     もらひ水」。
加賀の千代女からとられた
"千代の間"への路地。

"由良の間"を
覗かせてもらいました。


格天井の中央には二巴紋
大石内蔵助良雄の名、
仮名手本忠臣蔵』では
大星由良助と名前を変えた。

中央に床の間、右に脇台、左に付書院。

中庭に面したガラス障子
腰は網代、
楕円形の組子は竹の枠材

夜の帳が下りれば
中庭向かいの間から、
風情よく映るとか…

南東階段手前の一角

洋画の前に"こけし"…
昭和感そのもの。
次回 第三幕に続きます。

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