2016年11月22日火曜日

京都の近代化遺産ゆ〜大谷大学 尋源館


大正初期に真宗大学が、
ここ烏丸通北大路下ルに
キャンパスを移したときに、
大谷大学 本館」として
建てられた赤レンガ。

第1期学園総合整備計画のときに、
建物に名称を付けるときに
尋源館」と名付けられそうです。

尋源の語は、
覚如の報恩講式の「酌流尋本源」
流れを酌んで本源を尋ねるに因る。
大谷大学が掲げる建学の理念を
忘れることがないようにという
願いが込められているそうです。

訪れた日は、
学園祭をやってはりました。

もともとは尋源館の南面に、
正門が位置していたそうで、
東面の校章は後年のモノのよう。

花崗岩の装飾、真宗大学から続く
紋章も南面に施されています。
かつては市電烏丸線も
今出川が終点で室町通までは、
徒歩で大学を行き来…

[※『無盡燈』133号より]
こちらが正面だったそうです。

今は校舎が南側に建てられて、
全貌がいまは掴めにくいのですが、
軽快な玄関ポーチは健在です。
正門から25メートルほど
引いた所に建てられていたようで、
ズーッと引いたところに
本館をドンと真ん中に配置。



建物に威厳をもたせるために、
広場を通って建物に入るという
演出が仕掛けられていました。



天井は丸と四角の組み合わせ。

2階への階段は学園祭行事で
立入禁止だったのですが、
2階天井も同じ意匠。

「真宗大谷大学 建築概要」には、
「本館ハ北方ヲ廊下トシ…
 各室ハ南又ハ東方ニ面セ シム」と。
京都の気候を考慮し、
特に冬場は暖かな太陽の光が
あたるように教室を南側や東側に、
廊下を北側に配置されています。

廊下が面している北側は
窓の数がかなり少ないのは、
北風があまり入らないように。

塔が何であるか?というのは、
多くの解説には
「鐘楼を載せている」とも…
あの三島由紀夫の『金閣寺』にも、
この塔なるものが登場しています。
「玄関の屋根の頂きに、
 青銅の櫓がそそり立っているが、
 鐘楼にしては鐘が見えず、
 時計台にしては時計がない。
 そこでその櫓は、
 繊細い避雷針の下に、
 空しい方形の窓で
 青空を切り抜いているのである。」

設計者たちの想いをさぐると、
シンボルとして「頂塔」であり、
灯がともった「ランタン」を
イメージしたものだそうです。
真宗大谷大学の中心的な校舎としての、
威厳や権威を印象付けるもの。

このランタンのもとで、
学生が勉学に励むようとの願い、
学問の真理を明らかにする
拠り所としての、
頂塔 (ランタン) なのです。

「大谷大学 尋源館(旧本館)」
竣工年:1913(大正2)年
設計 :須藤勉、山本八太郎
構造 :煉瓦造2階建、瓦葺、
【国 登録有形文化財】

※このブログは岡田一也さんの
   を参考にしました。