2012年1月31日火曜日

虎次郎 ピカリャーに引き回しの刑に処さるる

いつも誕生日に登場させてもらってる
今日のおちちゃん」。。。


2011年は「ファ~~」だったから
どうなるかとひそかにたのしみ・・・














で・・・
今年はコタツネコだったところを、
西表島のネコにつまみ出されて、
半ケツで引きずり回されたし・・・

いつものコタツに潜り込んでる姿を、
ひょっとしたら・・・
コッソリ覗かれていたのかも知れない。



こいつは石垣島の竹富町の
キャラ「ピカリャ~」っての。
よく石垣の空港に現れるらしい。

コイツとだったら仲良くなれそうなんだけど。
沖縄キャンプ行きたいけどな~。
明日からキャンプインいよいよ球春だ!!
ユニもあたらしくなるし・・・

2012年1月22日日曜日

「水玉強迫」の間へ... 草間彌生展

草間彌生 永遠の永遠の永遠」展に行って来た。


草間さんの作品...《明日咲く花
水玉ソースのスイーツや
オムライスが食べられるとか...




国立国際美術館は地下にあって、
エントランスも水玉が散りばめられる。


そしてエスカレーターは
フロートとオブジェで取り囲まれていた。


ベネッセさんがやってる
  「直島文化村」でも見られる。
黄色のかぼちゃ《南瓜》...
撮影オッケースポットになってる。

黄色い色がなかなかイイぞ!!


上からみるとこんな感じ。

3カ所ほどフォトフリーな“間”があって、
こちらはプロローグゾーン

白い水玉の通路をくぐると…
平面の作品たちがお待ちかね。

作品には番号だけ付けられていて、
タイトルは作品リストで確認する。
おそらく草間さんの意向によるものだろう。
感じたままで見ようとリストを持たずに歩く...

もう一つの撮影エリア
チューリップに愛をこめて、
    永遠に祈る》の間へ。
With All My Love for the Tulips, 
    I Pray Forever

激写カメラマン多数...



どっちが上か下かワカランようになった。

あえてモノクロで撮ってみても・・・
水玉のパターンが無限に広がって〜

そして近くの
「朝日新聞社ビル」にもウツってた...

これも草間さんの作品で、
水玉強迫》っての...

「エイ円のエイ円のエイ円の」〜〜
オモロカッたけど
夢に出てきそうでちとシンパイや。

2012年1月21日土曜日

TAROアートピースコレクション《こどもの樹》

D.こどもの樹



「幼子の顔は七色に変化する。
 笑ったかと思うと泣き、
 泣いたと思うと喜んでいる。
 母ににているかと思えば父のようでもあり、
 ふと祖父やきょうだいの表情が浮かびあがる。
 おとなのように、
   表情が社会的な道具になっていない。
 喜怒哀楽が地続きなのだ。
 子供の無垢はそれを純粋に表現する。
 そのためには多くの腕を持つ樹木がふさわしい。」

おそらくアートピースコレクションのなかでは、

これが一番色分けが大変やったろうに。

怒ってるのも、すましてるのも、
ベソかいてるのも、そうベロ出しも
   ちゃんと塗り分けられてる。


多くの枝の接合部に違和感があるものの、
この小ささならモデリングとしては、
グッジョブといっていいと思う。



去年の夏に東京青山の「こどもの城」にある
《こどもの樹》を見てきたときの写真。









TAROアートピースコレクション《リボンの子》

H. リボンの子 


川崎市立藤崎小学校にある
《喜び》 って名の作品と
   姉妹関係にあるとか??
大きなリボンをつけた
少女は両手を広げて、
丸い球に乗っていおる姿・・・



「岡本太郎記念館」のTAROさんのアトリエで、
ガラステーブルを囲んで
ナカマたちと談笑していた子です。



アトリエだと横顔だけだったけど、
実物は正面から見ると目は突き抜けてる。
無籍動物》に共通するところがあって、
後ろ手にまわれば《リボンの子》の視線が
体験できるってことなのかな?
フィギュアでは再現されてませんでした。

「女の子座り」の格好してるけど、
この座り方は骨盤と大腿骨の角度が
男女差があるから性差が生じるとかで、
男がこの座り方をするとキモチワル。
実は虎次郎は太ももは太いんやけど、
デキちゃうんですよね…
人前ではやらんけど。



「リボンは、
 太郎が在仏時代から好んで使ったモチーフだ。
 一枚の布を結ぶだけのリボンには、実態がない。
 「かたち」を扱うことで太郎は、
 定まったかたちを持たない命を表現しようとした。
 それが子供の頭上で結ばれるとき、
 幼い生命の危うさとリボンは一体となり、
 見えない世界へと向けて流れ、
 ぐんぐん躍動していく。」


パリ時代に描いた太郎さん25歳の作品に、
傷ましき腕》ってのがある。
岡本太郎自身がモデルと言われている。
傷ついた腕がこぶしを握り締めて、
顔がリボンなのか?
それとも大きなリボンが危うさを表すのか?



岡本太郎記念館の館長 平野暁臣 さんの
論評「対極主義へ 」にはこうある。
「切り裂かれた傷口から生々しく溢れ出る現実感。
 だがそこに顔はない。
 ただリボンが結ばれているだけだ。
 具象と抽象が矛盾のままに対置され、
 観る者を独特の緊張へと導く。 」
自画像ともいわれる《駄々っ子》
そういえば...
椅子の《駄々っ子》もリボンだな。



2012年1月20日金曜日

TAROアートピースコレクション《青春の塔》

C. 青春の塔



《青春の塔》は《太陽の塔》、
そして《母の塔》と共にあった。



椹木野衣 さんの解説はこうだ!!
「一見するとおでんのような串刺しの造形である。
 しかし、無縁なわけではない。
 古来、人は獲物を串刺しにして運び、保存した。
 串刺しは命を絶ち、同時に生き延びるための、
 生と死をつなぐ技法なのだ。
 青春時代、人は数々の苦難に遭遇する。
 負けてはいられない。
 それらをすべて串刺しで、
 生きてる糧にしてしまえ!
 そう太郎が言っている。」



この《青春の塔》はしばらくの間、
《太陽の塔》のそばにあったそうだ。
《母の塔》そして「大屋根」は万博閉幕して
7年後の1978年7月に撤去されたのだが、
《青春の塔》は1991年まであって、
しばらくの間は今は無き
「エキスポランド」に移されていたようだ。


「魚、お化け、人、飛行機」????



母の塔》のエスカレーターに対して、
実は《青春の塔》は
螺旋階段にしようとしていたとか・・・
安全面の問題でこんな串刺しになったとか。




2012年1月19日木曜日

虎次郎おとなの散歩 東福寺あれこれ...

「通天橋」を渡って祖師をしのぶ「祖堂」へ。


「常楽庵」との別名のある「開山堂」は、
1823年に一条忠良によって再建されたもの。


閣を頂く開山堂ってのは
他に類をみないものだそうだ。
「伝衣閣(でんねかく)」といい、
伏見人形のルーツとも言われている
「三国伝来の布袋」像が安置されているとか。


そして
池泉式庭園枯山水の対比がオモシロイ。
サツキや菖蒲が咲く春が見どころか、
モミジと関係なければゆったりと見れるかもな。
江戸中期の名園は改めて...


実はこお開山堂の鐘楼の鐘は、
深夜に鳴らされるという。
開山・聖一国師は建仁寺の住持でもあったので、
東福寺のお勤めのあとは建仁寺へと。
その「送り鐘」が11時45分に、
建仁寺では「迎え鐘」。
今なお750年欠かさず続けられているとか。



「本堂」

堂本印象の天井の「蒼龍図」と
片手が残る「京の大仏」は、
春の涅槃会が行われる
3月14日〜16日の三日間だけ見れる。
そして明兆の「大涅槃図」もこのときだけ。

「禅堂」

1347年に再建された座禅道場。
国内最古最大のもので、
鎌倉様式の華頭窓がアクセントを添えている。

「経蔵」

聖一国師・円爾が宋より持ち帰った典籍を納める。
宝形造りの江戸時代のもの。

「月華門(月下門)」

一条実経が常楽庵を建立したとき、

亀山天皇が京都御所の月華門を
下賜されたと伝わる。

「仁王門」

「万寿寺」にあったもので室町時代の八脚門。
仁王さんはおられないが威厳を感じさせる。

まだまだ見所のいっぱいの「東福寺」
紅葉の「通天橋」はともかくとして…
「霊雲院」の「九山八海の庭」とか...



「退耕庵」にある戊辰戦争の殉難藩士の墓所とか...



六波羅探題にあったと伝わる「六波羅門」、
南北朝時代の丹塗りの八角堂「愛染堂」、
鎮守社の「五社成就宮」にも次は訪れようと思う。
霊源院の六地蔵さん