2012年6月30日土曜日

ハマの洋館めぐり 露亜銀行横浜支店

ハマの洋館は再活用されているものが多い。
露亜銀行横浜支店であった建物は、
「ドイツ領事館」、「入国管理事務所」、
そして「警友病院別館」と長らく活用されたあと、
ごく最近にリノベーションされとかで、
ブライダル施設となっていました

近代日本の幕開けは銀行業務は、
当初 外国銀行によって支えられていたようです。
露亜銀行の前身「露清(ろしん)銀行」は、
1898年(明治31)に横浜支店を居留地に出し、
1900年には神戸にも支店を開設したそうです。

露清銀行は、帝政ロシア・フランス・清国の
三国資本により設立された国際合弁銀行だそうです。

帝政ロシアの極東政策に関与していたこともあって、
1904(明治37)年2月の日露開戦で、
日本国内の露清銀行各支店は閉鎖。
横浜支店もこの年の2月10日閉店したという。

こちらからはLa Banque du LoA のサイトより
かつての姿を・・・

半円アーチ窓

エントラス部分に施された
三角形のペディメント

イオニア式円柱

かつての円柱の上部だろうか・・・


露亜銀行横浜支店
→ドイツ領事館→法務省横浜入国管理事務所
→警友病院別館
La Banque du LoA(ラ・バンク・ド・ロア)
建築年:1921年(大正10)
改修年:2011年(平成23)
構造:鉄筋コンクリート造り3階
設計:バーナード・M・ワード
所在地:横浜市中区山下町51-2
【横浜市指定文化財】


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2012年6月29日金曜日

ハマの洋館めぐり 横浜市開港記念会館


道路に面した隅にはそれぞれ四角形のドーム、
角には「ジャック」の愛称の時計塔、
八角ドームを上げた構成は、
多面性を持った表情の中に落ち着きを見せる
横浜市開港記念会館」の前に立てたのは、
実は二日目の夕刻を過ぎていた。

赤いレンガに白い花崗岩のアクセント、
辰野式フリークラッシックと呼ばれる建物は、
日が陰りつつある微妙な時間でも
なかなかの風合いを見せてくれていた。

洋館をカメラに収めるには、
太陽がちょうど真上にある頃が影が出ずに
いいのだが…なかなか一日や二日では、
グットタイミングに訪れることはムズカシイ。
日に照らされる面がベスポジとは限らないから...



それと...
デーゲーム観戦の前後だと内部見学に
間に合わなかったりするから。。。
欲張らずじっくりと見て回るには、
野球なしの日をプラス1日加えねばなるまい。

かつて「横浜町会所
(まちかいしょ)
があったところは横浜商工会議所発祥の地。

そして岡倉天心誕生の地でもある。

竣工してまもなく関東大震災に見舞われる。
ステンドグラスはそれ以降のものなのだが、
なかなか味わいのある意匠で必見なのである。

1989年にはドームが復元されて、
ほぼ建設当初の姿に甦って
独特の横浜の風景を創っている。

横浜市開港記念会館
開港記念横浜会館→
建築年:1917年(大正6)
構造:煉瓦造り2階建て、地下1階
設計:福田重義(原案)、横浜市営繕組織
所在地:横浜市中区本町1-6
【国・重要文化財、近代化産業遺産】
横浜の歴史的建造物ポストカード
横浜市開港記念会館」
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2012年6月28日木曜日

ハマの洋館めぐり 横浜市外電話局

チョコ色のビルは今は「横浜都市発展記念館」と
ユーラシア文化館」ってのになってる。

もともとの設計は大正モダニズムの大建築を
考えていたようだが、折りしもの大震災で、
敷地が削られるなどしたが...
かえって落ち着きを見せるビルとなった。

1階壁面には要石
(かなめいし)を頂いた
半円アーチ窓が連なる。

1階以上の縦長の窓との組み合わせがキュート。

実はチョコレート色のタイルの外観は、
逓信省
(のちの郵政省)の定番だったという。



各階の高さが少しずつ異なるのは、
電話局としての機能からで、
電話交換器があった3階は
少し天井が高いのだという。

屋外にはガス管と煉瓦下水道管の
実物があったりして、
近代化のヨコハマを感じさせる
スポットでもある。

横浜市外電話局
→横浜都市発展記念館・横浜ユーラシア文化館
建築年:1929年(昭和4)10月
構造:鉄筋コンクリート造り4階建て、地下1階
設計:逓信省営繕課(担当:中山広吉)
所在地:横浜市中区日本大通り12
【横浜市認定歴史的建造物】

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2012年6月27日水曜日

ハマの洋館めぐり エキスプレスビル

横浜貿易協会ビルに並んで、
開港広場の広い交差点に面するのは、
「エキスプレスビル」というオフィスビル。

 すっきりと縦長の窓が配され、
2・3階の縁取りと屋上の軒周りといった
水平ラインが落ち着きを構成している。

ケヤキの葉が散った晩秋になれば、
フォルムがもっと際立つらしいが、
秋に訪れるとなると虎が頑張ってるってこと。
再び横浜に訪れることがあるのか??

JAPAN EXPRESSの文字が港町そのもの。
1階には玄関を正面に見て左にWEST、
右にEASTというカフェがある。


エキスプレスビル
建築年:1930年(昭和5)
構造:鉄筋コンクリート造り3階建て・地下1階
設計:川崎鉄三
所在地:横浜市中区海岸通り1-1


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ハマの洋館めぐり 横浜貿易協会ビル

開港広場の交差点で感じた風は、
いかにもミナト横浜そのものだった。

L字型の建物の2階の窓の上に
「社団法人 横浜横浜貿易協会」の文字。
明治時代に外国商館や外国商船を相手に
不利な取引を強いられていた横浜の商人が、
その結束を固めるために設立された団体がココ。

外壁の黄褐色のスクラッチタイル張りは、
この辺りに建てられた建物に続き、
映画セットのようなムードも漂う。

1階のレストラン「SCANDIA」は、
デンマーク料理を出す店で、
店内には北欧神話などが刻まれる
レリーフなどなど見どころが多いらしい...
デンマークの伝統食「スモーガスモード」とやら、
いつか楽しみたい(・ω・)v

横浜貿易会館
建築年:1929年(昭和4)
構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
設計:大倉土木(現大成建設)
所在地:横浜市中区海岸通り1-1

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2012年6月23日土曜日

ハマの洋館めぐり 横浜海岸教会


開港広場の近くに建つ青空に映える教会は、
1872年(明治5)に
日本初のプロテスタント教会として
開かれた「横浜海岸教会」。

その大きさや形から
「聖なる犬小屋」と呼ばれた
日本基督公会の発祥の地である。
前身の「石の会堂」は震災で倒壊したが、
クリスチャンであった 雪野元吉 は、
無償でその設計を引き受けたと伝わる。

鐘楼に下がる鐘はかつての「石の会堂」のもので、
結婚式には新郎新婦の年の数を合わせた分だけ、
開港広場にその音色を響かせているのだとか。

礼拝が行われていたのだが、
ハマスタの開門の時間を過ぎていて、
礼拝に会することができなかった。

木立のなかに羽ばたく翼にも似た姿、
全体に鋭角的なラインが取られているが、
どこか人を迎え入れる温かみを感じさせる。

横浜海岸教会

建築年:1933年(昭和8)
構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
設計:雪野元吉
所在地:横浜市中区日本大通8
【横浜市認定歴史的建造物】
横浜の歴史的建造物ポストカード「横浜海岸教会」





















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ハマの洋館めぐり 横浜英国総領事館

開港広場に面したところにある
「横浜開港資料館旧館」は、
1931年(昭和6)にイギリス工務省の設計。

当時の横浜には多くの領事館が建てられていて、
外交舞台はまさしく横濱の地にあった。

ペリーが来航して結ばれた日米和親条約は、
この横浜開港資料館の中庭にある
玉楠の木の下で行われたと伝わる。

現在の木は関東大震災で
焼け残った根から再生したものだが、
今は見事な玉楠の木に成長している。

大きな玉楠の木を前にして正面玄関。
二本のコリント式円柱と、
八角形の文様があしらわれる半円アーチ。

英国人のために英国人が設計した建物は、
多くの資材を英国から取り寄せたのだという。
18世紀に英国で流行していた
ジョージアン様式なのだといわれる。

蔦の絡まる壁面は人造石で仕上げられていて、
3階の窓はミナトらしい丸窓が見える。

記念ホールには関東大震災の犠牲になった
領事館員らを悼む銘板があった。



横浜英国総領事館
→横浜開港資料館旧館
建築年:1931年(昭和6)
構造:鉄筋コンクリート造り3階建て、地下1階
設計:英国公務省
所在地:横浜市中区日本大通3
【横浜市指定文化財】
横浜の歴史的建造物ポストカード「横浜開港資料館旧館」
















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