2016年2月9日火曜日

神戸の異国教会めぐり② 神戸聖ミカエル大聖堂


コンクリート打ち放しの

フレームの中に
はめ込まれた煉瓦タイル。
春になれば蔦の緑が
美しいのやと思います。



イギリス国教会の流れを汲む
プロテスタントのキリスト教会、
日本聖公会の神戸聖ミカエル大聖堂

主教が執務する主教座聖堂という
立場にある教会で、
聖ミカエル国際学校のほか、
神戸国際大学、
神戸松蔭女子学院大学、
神戸国際大学付属高校などなど、
神戸教区の運営の中心教会です。

英国聖公会宣教師である
H・Jフォス初代主教が
1876年(明治9)に来日したときに、
神戸市中央区鯉川筋に設立された教会が

その前身となっています。

日本聖公会は、英国国教会の大本山、
カンタベリ-大主教座と連なる教会。
あの立教大学聖路加国際病院など、
全国に多くの施設を運営されています。
H・Jフォス初代主教と
女性宣教師 
H.M. バーケンヘッドの協力で、
1892年に神戸の北野町に誕生したのが、
神戸松蔭女子学院大学の前身である
松蔭女学校」です。

松蔭」という名前の由来について、
フォスはイギリスへの手紙の中で
次のように説明していたそうです。

「これは、
 松の蔭の学校という意味です。
 松は非常に日本的な樹木であり、
 慎み深さと貞節を意味します。
 その松の木蔭に乙女たちが住み、
 学んでいるという姿が、
 この名前を通して私達が
 日本の人たちに伝えたい
 学校の理念なのです。」

北野町の校地には大きな
三本の松の木があったそうで、
松蔭の三蓋松の校章は
それに由来していると伝わります。

教会内にははいれませんでしたが、
ステンドグラスのマリア像は、
なんと和服を召されているとか…。
いつか礼拝に出てみようかな。


神戸聖ミカエル大聖堂

建築年:1959年(昭和34)
所在地:神戸市中央区下山手通5-11-1

このブログは神戸松蔭女子学院大学のHP
神戸松蔭女子学院大学の歴史と教育の特色
  を参考にしました。

神戸の異国教会めぐり① 神戸栄光教会


神戸といえば…
北野異人館を思い浮かべますが、
いわゆる西洋人以外にも
多くの人たちが、
集ってきた町なので
いろんな国の人たちが、
今も神戸を支えています。

こちらは中山手通にある
「日本基督教団 神戸栄光教会」
1921年に完成の
アメリカ南メソジスト派の日本の
本山ともいうべき教会なのです。

関西学院の創始者であった
アメリカ人宣教師
ウォルター・ランバスさんが
初代の牧師を務めたのだそうです。

礎石にあるのAD2004。
かの阪神大震災で倒壊したのですが、
2004年10月に以前の外観に
復元されたのです。
三角屋根の聖堂と約40mの鐘楼は、
ふたたび神戸の街の
シンボルとなっています。
ヨーロッパの会堂の例にならって、
正面入口は西に開かれています。

ロマネスク風でありながら、
妻面や塔に見られる縦線などには、
ゴシック的な手法も用いられています。


日本基督教団神戸栄光教会
建築年:1924年(大正13)
再建年:2004年(平成16)
設計 :曾禰・中條建築設計事務所(難波停吉)
所在地:神戸市中央区下山手通4−16−1

2016年1月24日日曜日

アマ七福神めぐり〜福禄寿


アマ七福神めぐりもこれがラスト。
福禄寿さんはすこし離れた

貴布禰神社にて。

ここで七福神さんが
勢揃いいただきました。
ずっと撮ってきた朱印台の写真が、
ここだけカメラに残らず(TOT)

1950年に復興された本殿は、
台湾檜が使用された一間社流造
その本殿と幣殿・拝殿・
透塀からなる社殿は、
2002年に大改修されたそうです。


愛らしい狛犬さんがお出迎え。
尼のきふねさん」と親しまれる
貴布禰神社の主神は海人の守護神。
水の神様でもありましたので、
歴代の尼崎藩主からの崇敬も厚かったとか。
本殿裏には白龍大神もおられました。
境内には多くのしだれ桜。
表札をみると
甲子園ボウル 優勝記念…
関学のバカリやないかい(T_T)

尼崎町の総社である夏祭りは、
だんじり」が繰り出します。
正面からぶつかり合う山あわせが、
ほんとスゴいらしい…
夏越祭は8月1日、2日です。

阪神電車の出屋敷駅には、
アマトラさんが鎮座。
だんじり姿がありました。
こちらアマトラさま(・ω・)v

駅前てくてくさんぽマップはコレ!

ほんとは尼子騒兵衛さんお色紙を
手に回りたかったのだけども、
1月2日はお休みだったのです(TOT)
再チャレンジするかは???です。

貴布禰神社
開運出世の福禄寿さん

アマ七福神めぐり〜毘沙門天


武将姿の毘沙門天
長遠寺
(ぢょうおんじ)さんにて…

日恩
(にちおん)上人の開基による
日蓮宗 大堯山。
所蔵の「大堯山縁起」によると、
1350年(観応元)に開創とか。





桃山時代の特徴が
良く表れた多宝塔は、
国の重要文化財です。
多宝塔の棟札に
慶長12年(1607)とあり、
ここ寺町に移築されたものと
考えられています。

大好きな装飾彫刻はどれも見事。

牛も

にはお決まりの笹。

龍さん。
四方八方の蟇股装飾でしたm(_ _)m



長遠寺

日蓮宗 大堯山 本堂・多宝塔が国の重要文化財

アマ七福神めぐり〜弁財天

辨財天さんは大覚寺に…

1275年(建治元)に
尼崎に来たと伝えられる
琳海上人によって再興のお寺です。
敷地は鴨社領 長洲御厨から
寄進されたものだそうです。

寺源はさらに古く、
兵庫県能勢町にある剣尾山
燈炉堂が大覚寺の始まりとかで、
聖徳太子の世のころの話です。
琵琶法師ゆかりの弁天堂
辨財天さまが祀られています。

大物橋」の欄干があるのは、
大物東本町に開創さたことを
伝えるものだと思われます。

2月3日の節分には、
豆まきに加え
大覚寺狂言」が上演されるとか。
立派な能舞台をガラス越しに…

古学の祖 契沖 阿闍梨の碑石。
古典研究の道を開いた
契沖については、
ゼロロクの尼崎⑦ 櫻井神社
紹介したことがありました。

刻まれいるのは、
「しなが鳥 けさや氷もゐな河の
 山彦とよむ 音も聞こえず」

「氷」の題で詠んだ歌です。


冷込む今朝は、
あの猪名川にも水が張って、
いつもなら、
山に反響してごうごうと
流れる河音も聞こえないことだよ。
ってな感じでしょうか。

大覚寺
真言宗 月峯山 現存する尼崎最古の古刹