2019年11月20日水曜日

猿田彦のミチを開くvol.9 天塚古墳と狐さま


蚕の社にあった白清社
西高瀬川の南のこんもり山。
天塚古墳の石室から、
遷座されたものだそうです。

1887年の発掘調査では、
鉄轡、銅鏡、勾玉など
400点あまりが出土。
京都市の史跡に
1978年に指定されいます。

Google Mapを駆使して、
ようやく辿り着く(大汗)
ディープスポット…

工場と隣接する菜園は、
おそらくご近所の人たちの
憩いの場所でもあるのでしょう。
おそらくかつての周濠

天塚古墳墳丘測量図
全長70 m、後円部径40 mの
二段築成の前方後円墳。
6世紀前半の築造と
推定されていて、
二ヶ所に横穴式石室
開口されいます。

天塚古墳の発掘調査は、
1887年のこと…
木島神社へ石室ごと遷座

確かに石室の雰囲気を
醸し出していたけれど…

稲荷教 伯清教会 天塚山」の
看板が掛かります。
1898年、太秦村に住む
九島ちかという女性に
稲荷神から元に戻してほしい
という夢告があったとか…
息子の庄太郎と共に
御嶽教 白清教会」を組織、
天塚古墳に遷座したという。

稲荷教 伯清教会」が
戦後 1946年に継承…
北村岩太郎の碑が
建てられていました。

円墳周りに朱色の柵

頂上らしき場所へ

いわゆる登れる古墳。
大木が根を張る。

八幡大神とあり、
見下ろすと鳥居。

古墳全体が伯清稲荷大神
祀る神社の神域…

朱塗りの柵で囲んだ神域、
キレイに清められていました。

橋姫稲荷大神

白長大明神

祭神は伯清稲荷大神
宇賀御魂(うかのみたま)とは、
豊受大神のことです。

伯清稲荷に関する記録には
「天照国照彦天火明
 櫛玉饒速日ノ命」
大宮売神=アメノウズメ
佐田彦ノ神=サルタヒコ
「大己貴大神=大国主命」
「彦大神=少名彦」
の祭神を総称しての称名。

サルタヒコとアメノウズメ
繋がりがあったとは…

豊川大八島明神

お稲荷さんも…

こちらが後円部石室です…
ミステリアスゾーン(T_T)

奥壁は社で隠されています。
実は秦氏に繋がる人たちは、
ここで養蚕をしていたそうです。
理由は…
石室内は適温保持ができ、
蚕の孵化に適していたとか。
蚕の社に遷座され前から、
ここには養蚕信仰
根付いていたのでしょう。

古墳周囲には、
石仏がありました。
山ノ内庚申の猿田彦神社
通ずる行場の名残りか…。

2019年11月19日火曜日

猿田彦のミチを開くvol.8 蚕の社と神座


鳥居を越す」という
コトバをご存知でしょうか
「経験を積むこと、
 老獪になること
」の意。

狐が何度も鳥居を
飛び越すことで、
稲荷大明神に…
と考えられてきたとか。

蚕の社で知られる木嶋神社。

参道には蚕養神社の扁額。

灯籠もありました。

本殿に向かって右が
蚕養神社です。
本殿石垣には
「文化十四年
西陳 縮縮緬仲間」

碑石が据えられています。
おそらく西陣でしょうね。

正しくは…
木島坐天照御魂神社
このしま あまてるみたま
と読みます。

末社…猿田彦命は、
祀られていないとか…

鳥居をくぐることは、
俗世との境界線を
“またいだ”
ことを
意味しています。

ただ鳥居の起源は、
実ははっきりとしません。
天照大神が天岩戸隠れ
常世之長鳴鳥を集めて
鳴かせるた時、
鶏たちの止まった木が
鳥居の起源であると…
神社的な説明は
こんな感じです。

木嶋神社の祭神の筆頭は、
天之御中主神でして、
古事記』に記される
天地開闢「天地初発之時」に
登場する造化三神の
三柱の神の筆頭なのです。

本殿の神紋はの提灯。
元糺の池元糺の森があり、
秦氏へのここでの神事が、
神事を賀茂氏の
下鴨神社に遷されたとか…
葵紋はその顕れかも。

いまは元糺の池は、
涸れてしまいましたが、
かつては池の水の中に
三柱鳥居※が浮かび…
神事が行われていました。

三柱鳥居の中央には
組石が置かれ、
中心には御幣。
本殿の祭神である
天之御中主神の神座で、
宇宙の中心を表し、
全方位から拝することが
できる場所とされています。

日本三代実録』には、
元慶元年(877)に
朝廷より祈雨の奉幣が
行なわれたとの記述。
かつては、
雨乞いの神の信仰
あったのです。

葛飾北斎の『北斎漫画
十一集にある「三才鳥居」。
北斎の描くのは
木製の三柱鳥居で、
水の気配が感じられません
初編の刊行は
文化11年(1814)のこと、
水はあったのでは?
実物を見ないで描いた?
構図を優先させたのか?

境内にある石灯籠…
磐座宮廣前」と
刻まれています。
巨石が磐座でないことは、
椿大神社の御船磐座
想起させる佇まい。

三柱鳥居は磐座を
囲うために作られた
神籬(ひもろぎ)
みられています。
「ひ」は霊、
「もろぎ」は籬で
神を守る意。

もうひとつ椿大神社に
符合するのが杜でも
橋掛かりで神域が
隔てられている前に
立つ「椿丘大明神」の碑。

遷座されて、
この地にとのことですが、
神社の由緒書きには、
全く触れられていません…

白清稲荷を祀る白清社、
半地下構造になっていて、
狐が守る祠って感じでした。

松本清張の小説
出てきそうな雰囲気(冷汗)

この謎は、
次回ブログで探ります。