2014年10月20日月曜日

さやりん降臨\(^o^)/

うちの学祭にご当地ゆるキャラ...
さやりん」キタ〜〜〜〜〜〜〜\(^o^)/
18,19の学園祭
葡萄祭」に登場したんだりん。

大阪狭山市には日本最古のため池
狭山池」がありま〜〜〜す。
瞳の色は狭山池の水面の青、
髪は大阪狭山市の木である「桜」の花、
そして元気で明るい「竜の子」ちゃんなりよ。
ふだんは狭山池の龍神のほこら におるりん。
おなかはちょっと虎次郎に似てる。。 
夢は立派な龍神になって、
狭山池を守ること
恐竜ではないりん(*▼*)
好きなものは、
狭山名物の「大野ぶどう」とか...
実は学園祭「葡萄祭」の名も、
狭山名物の葡萄に関係があるりん。

大学がここに生まれたのは50年ほど前のこと、
小高い山は「こだはら」と呼ばれていました。
漢字で書くと「高祖原」だったそうです。
校舎の裏にはまだ葡萄棚が残されていて、
何年かは葡萄が実をつけていたそうです
嫌いなのは「狭山池をよごす人」...
狭山池の周り咲き誇る桜色の髪の毛、
龍神のこどもらしく角もあるりんよ(*▼*)
グッズもいろいろありましたよん。
 キティちゃんのコラボグッズもあったりん。
 じつは「ハローキティ」はフツーは
カタカナなんだけど...
さやりん✕はろうきてぃ」。
そしてリボンではなく桜を付けてます。
 ゆるキャラグランプリにもエントリーん。
また来年もあいたいりん(*▼*)

2014年10月15日水曜日

ハマの洋館めぐり 横浜生糸検査所

一度紹介したのだけど...
横浜の定宿からほど近いところにあるから、
早起きしてじっくり眺めてみた。
通称 キイケンで親しまれている赤レンガは、
横浜生糸検査所」である。
隣接する帝蚕倉庫と同時期に建てられたが、
「横浜第2合同庁舎」として新庁舎とする際に、
いったん解体されたのだが、
その後創建当時に限りになく復元された。 
 がっしりとした車寄せには、
レンガの柱形に支えられたツクりは気品が漂う。

盾飾りは巨大な「蚕蛾(さんが)」がモチーフ。
蚕蛾とは、カイコが羽化した成虫のこと。
その周りは桑の葉と実が添えられていて、
菊の御紋を胸に抱いている。
生糸が戦前日本の主力輸出品の

品質検査を行う建物を示すに十分の構え。

どこまでが補作なのかは不明だが、
なかなかの秀作なのである。

設計は遠藤 於菟(えんどう おと)
梁を用いないフラットスラブ構造とか...

重要な国策産業の一大拠点の彼方には、
横浜ランドマークタワーが聳える。

「横浜生糸検査所」
→横浜第2合同庁舎
建築年:1926年(大正15)
増築:1931年(昭和6) 再建:1993年(平成5)
構造:鉄筋コンクリート造り4階建て
設計:[旧建物]遠藤於菟
ファサード保存
【横浜市認定歴史的建造物】

2014年10月13日月曜日

ハマの洋館めぐり 旧本町旭ビル

ヨコハマの洋館めぐりの
ランドマークともいえる
本町通りの
横浜開港記念館と向き合って立つ
旧本町旭ビル」。
あの不動産、建築を手がける
綜通グループ
テナントビルになっている。
ジャックの塔に見とれていることが多く、
ついついカメラに収めていなかったのである。
現在のビルは旧ビルをファサード保存、
1995年に建替えられたて今に至る。
両側の玄関周りにテラコッタ、
受けたとされる装飾と伝わる。
1930(昭和5)年に大阪の商社「江商」の
横浜支店として建てられたのだそうです。
江商とは近江出身の北川与平
輸入綿糸の取り扱いを目的として
横浜に創業した北川商店がルーツとか。
コンクリート造の表面にタイルを貼った
昭和初期の典型的オフィスビル。
横浜洋館ライトアップにも
参加しているとか...
また夜にでも眺めてみたいと思う。

「本町旭ビル」
→綜通横浜ビル
建築年:1930年(昭和5)
構造:[旧建物]
    鉄筋コンクリート造り5階建て、地下1階
   [現建物]
    鉄骨鉄筋コンクリート造り10階建て、地下2階
設計:不詳(現建物:日建設計)
施工:大林組
所在地:横浜市中区本町1-3
ファザード保存(1995年)
【横浜市認定歴史的建造物】

ハマの洋館めぐり イギリス七番館

山下公園周辺で見落としてた
洋館のひとつ「旧英国七番館」。
いまは「戸田平和記念館
として使われている。
創価学会の第二代会長
戸田城聖(とだじょうせい)氏を記念して、
1979年より平和や人権といった展示を
一般にも公開してきているところである。
もともとはイギリの貿易会社
バターフィールド&スワイヤ商会の日本支社。
関東大震災にも耐えて生き残った
唯一の外国商館でもある。
創建時の門柱がのこる。
建物は外壁を長手と小口を
一列ずつ交互に積んだ
あの“イギリス積み”で仕上げられている。
玄関には二本の角柱が建てられ、
三連式のベイウィンドウ(張り出し窓)が、
対になっているのが調和の取れたツクり。
窓はすべて上げ下げ窓なのだという。
窓台を支える腕木の装飾には草花の意匠。
目と鼻の先にある「西洋理髪発祥の地」
1989年に建てられた「ザンギリ」。
横浜に最初の洋髪店ができたのは
1869年(明治2)のことだそうだ。
小倉虎吉という人が横浜居留地に
初めて西洋理髪床を開業したとか…

「イギリス七番館」

→戸田平和記念館
建築年:1922年(大正11)
構造:鉄筋コンクリート造2階建て
設計:不明
所在地:横浜市中区山下町
【横浜市認定歴史的建造物】

ハマの洋館めぐり インド水塔

ハマの洋館めぐり...久々にあっぷします。
“洋館”といっていいのか分かんないけど、
建てられたのは1939年(昭和14)、
在日インド人協会から寄贈されたこの塔。
山下公園の一角、大桟橋に近いから、
かえってあまり注目されない。

1923年(大正12年)に起きた関東大震災、
当時横浜に在住していたインド人116人が被災。
そのうち28人の人が命をおとしたのだという。
横浜市民は町の復興のなか、
被災したインド出身の人たちにも
救済の手を差し伸べたのだそうだ。
住む場所を失った方々を横浜に再び招くため、
住宅の手当てなどにも力を注いだのである。

塔と呼ぶにはいたって小ぶりなのだが、
丸いドーム状の屋根が目を引く
寺院建築の様式が取り入れられている。
インドのお国柄を示す美しいフォルム。

実は装飾細部はインド風でもあり、
イスラム風でもあり、
日本風なところもある不思議空間。
単なる水飲み場と言えばそうなのだが、
インド式の建造物は横浜では珍しい存在
震災で犠牲となった人への祈り、
そして、インドとヨコハマをつなぐ
歴史的なモニュメントなのである。
床のタイルも色あせていない。
中で見上げると天井部の装飾が大変素晴らしい、
色とりどりのタイルを使用したモザイク模様
ここかしこの装飾は歴史を知らずとも、
ぜひ足をとめてほしい逸品なのである。

「インド水塔」
建築年:1939年(昭和14)
構造:鉄筋コンクリート造り平屋
設計:鷲巣昌
所在地:横浜市中区山下町(山下公園内)
【横浜市認定歴史的建造物】

2014年10月10日金曜日

東の野球のメッカ〜神宮球場を訪ねる

明治神宮野球場...
その名の通り所有者は
宗教法人・明治神宮なのだそうです。
午前中なので中には入れるか心配だったけど、
東都大学野球の秋季リーグ戦が
ちょうど組まれていたので、
中に入ることができることが出来ました。
ネット裏のメモリアルプレートも...間近に。
プロ野球の試合では見れない
スポットのあちこちを楽しみました。
グラウンドへの選手用通路。
きっとここも普段は
見れないんだろうと思います。
係員もいることなく降りれそうでした。
ヒーローインタビュー用のパネルを発見!!
まさしく特等席にも座ることができました。
11時のプレイボールだから、
應援團オンリーのスタンド風景でした。
1塁側前には青学の援団の幟がありました。
キリスト教の大学という誼(よしみ)で、
1塁側に陣取りました(・ω・)v

内野ゾーンのトイレは
つば九郎とつばみ仕様。
男子トイレには順番待ちのサイン。
バブルヘッドのつば九郎...
なぜかコアラがバットにまとわり付く。
代々木周辺はモスキート出没で...
あまり近づくなとの忠告だったのだけども、
シャカシャカの長袖と長ズボン姿で、
行って来ました。
古くからの友人に久しぶりに会う待ち合わせ、
千駄ヶ谷駅に早く着いたのでジングウへ...
ということやったんです。
甲子園が高校野球のメッカ、
西の聖地ならば…
東は神宮、大学野球のメッカです。
なかなか風情のある出で立ちが、
そこかしこに残っていました。
神宮球場はスワローズとの距離も近いんです。
クラブハウスへの行き来で会うこともできるし...
プロ野球よりも大学野球が優先だから、
試合前のバッティング練習も第二球場で
行われることも珍しくないのです。
来年は燕落とし
訪れてみたいと思います。
 
駆け足でしたが大満喫でした!!
球場周辺にはナイターの場所取り貼り紙。
よくみるとマルちゃんカープ
明日からの鯉退治うまく果たせますように。