2017年12月12日火曜日

ザ・船場な戦後ビル②

「船場な戦後ビル」第2回
伏見一丁目から

    道修町一丁目あたりへ…


トキワビル」1930年

左右対称3・2・3の縦長窓。
外壁の黒ずんだタイルが、
昭和初期からの時の刻みを
感じさせています。

1階には

LOTUS FLOWERS」さん。
船場の近代建築の代表格
芝川ビル」にも出店。
クラシカルなビルヂングには、
花と緑がよく似合う。

ドアも真鍮。

2階以上は昔からの
テナントさんのように思えます。

このビルの向かいにはかつて、
三越大阪店がありました。

側面部分にタイル貼りはなし。
ほとんどのビルがそうなのだが、
きっとお隣のビルで
見えなかったのだと思われます。

階段柱には角取り丸み
いかにも近代建築に倣っています。
当然にエレベーターはありません。


旧三越跡地に聳える
ザ・北浜タワー」2009年


住宅ゾーンの

The Kitahama Tower、
商業施設ゾーン
The Kitahama Plaza
からなる地下1階、地上54階。

コバサクカンパニー

創業は1919年の
「純良薬品の製造販売」の

会社さん。

食品添加物、消毒剤などなど
薬品を取り扱っておられます。
最近は健康マットも販売とか…

アルミサッシとタイル貼り、

昭和感を放っています。


旧小西儀助商店1903年

ビルではありませぬが…
重要文化財指定の
表屋造りの巨大な町家建築。

小西儀助商店は大阪道修町で
創業した薬種商さん。
生薬刻みから洋酒、
化学製品へと業容を広げられ…
あの黄色いボンドのコニシさん。

道修町に面して主屋、
伏見通りに面して蔵、
堺筋に面して貸家という
3通りに面した特等地に
今も健在です。

ザ・船場な戦後ビル①

船場の街中に入ると…
小さなビルが建ち並ぶ。
そんな「船場な戦後ビル」を
歩いてみました。


第1回は
今橋一丁目から高麗橋一丁目へ…

「小川ビル」1964年

堺筋に面する小規模ながら、
精度の高いデザイン。

チェスボードにも見える
グリッドパターン
アルミサッシがオシャレ。

堺筋に面する面の半分は
黒大理石で覆われ、
角度によってキラキラと。
イチョウも負けてません!



岩井コスモ証券本社ビル
       2007年

北浜といえばライオン橋の
異名のある難波橋が有名ですが、
ここのライオンが勇ましい。
ビル自体は2007年の建築ですが、
北浜野村ビルディング
にも残るライオンちゃんが
ここにもいました。

こちらのビル…
ビルテナントサイトによると、
設計施工が野村建設工業さん、
獅子がいるのは野村系だから?

ハヤシビル」1986年

1階にはワインショップが
ライブラリー」さん。


ベランダのデザインが
なかなか粋な感じです。


ヌカタビル」1964年



歯科医院が入る小規模ビル、
間口いっぱいをひとつの
大きな窓のように縁取るデザイン。

大阪万博を頂点に流行した、
スペイシーなデザイン
当時のEXPOパビリオンを彷彿。
角の丸みが宇宙的です!

2017年11月18日土曜日

京都特別公開2017秋 西念寺


京都特別公開2017秋
 木津川めぐりのラストは、
西念寺さんです。
JR加茂駅までも常念寺から、
グーグルマップ検索で行くと、
起伏の多いコース取り(大汗)。

なんとかたどり着いた加茂駅から、
奈良交通の直通バスで…
でもバス停からかなりの距離、
最後は「鹿背山城址」なる
石碑から急勾配が続きました。

鹿背山城とは…
中世の山城で、

山の斜面を削ったり、
土盛をして出来ています。
城は武士が作るものという
常識に対峙する存在で、
この城は興福寺が築城したもの。

藤堂氏が16世紀中頃に
大和に侵入したのち、
多聞山城(奈良市)を築城し本城、
西を信貴山城、
東を竜王山城(天理市)、
そして北の拠点を鹿背山城とする
四城体制を構築していたようです。

西念寺に残る
『鹿山寺略縁起』によると、
薬師如来 本尊の浄勝寺から、
鹿山寺に改める。
いまは「鹿山 医王院 西念寺
(かせやま いおういん さいねんじ)

十一面観音像
京田辺市の白山神社の神宮寺

法雲寺にあったもので、
普段は京都国立博物館
寄託されている仏さま。

特別公開で
お戻りになっていました。

裏堂に祀らえる
阿弥陀如来坐像」。
お顔の部分 面相部のみ
平安時代のもの。

裏堂に祀るとは、
「裏にあるお堂」
という意味ではなく、
かつては本尊として
中央に安置されていたものが、
新たな本尊が伝来され、
脇に祀られることになること。

薬師堂本尊「薬師如来坐像

内陣…
 
周りを囲む十二神将像制作年代など
まだまだ謎が多いとか…
研究がまたれます。

2017年11月17日金曜日

京都特別公開2017秋 常念寺


現光寺でバスを降りる時に、
JR加茂駅も常念寺も
「あそこに見えますよ」って、
寺職さんから
教えてもらっていましたが、
かなり距離がありました…

ときどき掲げられる
特別公開の赤い目印。


高齢の方はタクシー分乗で、
巡られていました。

開基は寺の記録によると天台系、
盛憲(せいけん)上人が開山。
盛憲上人は延暦寺で修行、
「生きているということは
 生かされていること。
 生かされているからこそ、
 守るべきことを
 守っていくことが一番大切だ。」
と説かれました。

町並みの南端にあたる
廻り道」にあたるところに
建てられた念仏道場
木津川にほど近い常念寺は、
物資輸送の重要な拠点。
近くに「船屋」とい地名が残り、
往時をわずかに伝えます。

織豊時代は大いに隆盛したとか…



特別開帳の御本尊
「阿弥陀如来立像」

胎内に泥化した摺り佛
発見されています。
伝承の通りこの仏像が、
江戸時代に水に浸かっていた
ことを示しています。

江戸中期の正徳2年(1712)8月、
大雨による洪水で付近が水没。
常念寺も被害に遭って
現在地に移転しています。
表面は黒ずみはあるものの、
漆仕上げは健在でした。

「地蔵菩薩半跏像」
半跏とは、左足を座面から
おろして座ること。
平安後期のもの。
加茂町兎並の成徳院より
移って来られました。


京都特別公開2017秋 旧燈明寺


現光寺から西念寺に向かう途中、
旧燈明寺特別公開」の
看板をみつけ
寄らせていただきました。

開山は奈良時代 行基
よくある創建譚ですが、
元禄期の記録によると、
弘法大師の弟子 真暁の開基…
こちらもよくある歴史です。

観音寺であったのが東明寺へ、
近世になって
燈明寺となりました。
江戸時代には本堂や三重塔が
修築されるなど寺勢が回復、
しかし近代にはいると衰え、
1962年には廃寺となりました。

ちなみに、
横浜の三渓園の三重塔
こちらから移譲されたものです。

こちらが本堂で、
同じく三渓園に移築。
「木造 千手観音菩薩像
漆箔仕上げで、一木彫成像。
 
「不空羂索観音像」 「十一面観音立像」
  
「馬頭観音立像」 「聖観音立像」

不空羂索観音の胎内から
近年の調査で奉加状が発見、
徳治3年(1308)ごろの制作だと。
廃寺ながらも五体まとまって、
伝えられています。
地元のボランティアの方々が、
開帳されていました。

御霊神社
こちらは燈明寺の鎮守社として、
奈良の氷室神社の古社殿を移築。
南北朝時代に創建の
三間社流れ造りの檜皮葺でした。
こちらは国の重要文化財
指定されています。