2015年2月1日日曜日

コンコンだコン豊川稲荷へ 壱 「懐かしき豊川さん」

名古屋での同窓会集まりの翌日は、
幼少の頃よく通った「豊川稲荷」さんへ。
昔はクルマで行ったりしてたと思うんだけど、
名鉄の「豊川稲荷 お参りきっぷ」ってので。

名駅から名鉄特急にてミューチケットで、
特別車両にて豊川線乗り換えの「国府
(こう)」へ。

豊川稲荷は曹洞宗の寺院なのでして、
正式には「豐川閣 妙嚴寺」で、
鎮守として祀られた
豊川枳尼真天」の通称なのです。
総門は
1884年(明治17)に改築されたもの。
門扉は如輪目(如鱗目ともいう)の
ケヤキ一枚板の逸品です。

装飾彫刻もなかなかのものでした。
鎮守堂
600年前の
室町時代に開創されたそうで、
今川義元、織田信長、
豊臣秀吉、渡辺崋山などの
武人、文人達の信仰を集めました。
山門
1536年(天文5)今川義元寄進の建物。
境内で一番古いが1792年(寛政5)、
さらに1964年(昭和29)に大修理されたもの。
虎の彫刻もありましたよ。
京都で西陣織を生業としていた祖父母が
信仰をしておりまして、
年に1度はかならずお参りに来ていました。
 (JR東海の初旅キャンペーンより)
本殿でのご祈祷はこんな感じでして、
般若心経と観音経を唱えて、 
大般若経を一瞬で
子どもながらエライ合理的やけど、
エエんかいなと思っていました。
赤いおおきな提灯、
おそらく新調されていると思いますが、
当時の記憶が蘇ってきました。

金網ごしながらも虎次郎の好物、
装飾彫刻も堪能してきました。




景雲門
もとは奥の院拝殿であった
諏訪ノ和四郎彫刻がみえる
1858年(安政5年)創建の門。
「三重塔」
通称本堂の「法堂(ほっとう)
奕堂禅師
(えきどうぜんし)の揮毫の扁額には、
「妙厳禅寺
(みょうごんぜんじ)」とあります。
ゆく年くる年でも知られる「鐘楼堂」。
1937年(昭和12)の豊川稲荷大本殿の落慶を
記念して近代の建造物ながらも、
総欅造りの絶品として名高いもの。
祖母と来たときのこと…
本堂での祈祷のあとには、
からなず御膳をいただきました。
「なんでこんな
  ご飯食べさせてくれるんやろ」
と思っていました。
(名鉄の 2015年豊川キャンペーンより)
その後祖母に聞いた話によると、
「本殿のお座布団は一時期、
 すべてウチが納めさせてもろたものを
 使ってもらってた」のやと
祖母の姿を見かけると、
ここからお寺の方が急いで
駆け寄ってこられました。
いろんな想い出がつまった場所です。

次回は是非にとも、 
ご祈祷してもらおうと思います。

2015年1月31日土曜日

その手は桑名の焼き蛤⑦ お多度かけねば片参り


「お伊勢参らばお多度もかけよ、
 お多度かけねば片参り。」

せっかく桑名にいるんだから多度神社へ。
桑名から大垣を経て揖斐につながる
単線ながらも全線で57.5km。
もともとは近鉄の養老線だったが、
2007年10月から引き継がれた「養老鉄道」。
桑名〜多度間は13分。
310円はちと高いか。
多度駅の駅務室で聞くと
歩いて上りなので25分くらいかかるとか。
でも…「K-バス」という地元の足を支える
桑名市コミュニティバスがタイミングよく、
現れたので…使わせてもらいました。
全国的にも珍しく神馬舎には、
ホンモノの神馬がおりました。
多度大社は5世紀後半からの歴史があり、
天照大神の第3皇子
天津彦根命(あまつひこねのかみ)」、
がお祀りされていることもあって、
北伊勢地方の総氏神様として、
神格が高かったようです。
相殿には男神「面足尊面(おもだるのみこと)」、
女神「惶根尊
(かしこねのみこと)」が祀られる。
天地開闢
(てんちかいびゃく)のときに
お生まれになられた神世七代の第六代目の神
この奥は霊験あらたかなる
神域なのでしょう。
こちらが「別宮 一目連(いちもくれん)神社」。

天津彦根命の子
「天目一箇命
(あめのまひとつのかみ)」を祀る。
天目一箇神は、岩戸隠れの際に
刀斧・鉄鐸を造られたと記されている神。

美御前社
(うつくしごぜんしゃ)
このお社だけが華美な装飾彫刻で、
異彩を放っていました(・ω・)v
宮人よ 我が名を散らせ 落葉川
松尾芭蕉が多度の地を訪れたのは
1689年(元禄2)のことだったそうです。

ところで「お多度かけねば片参り…」、
多賀大社だと
「伊勢に参らばお多賀に参れ、
 お多賀参らねば片参り」
熊野三山にあっては
「伊勢に七度、熊野に三度、
 どちら欠けても片参り」。
真意のほどは街道旅籠仲間、
商い業のキャッチフレーズやったとも…。
帰りの「K-バス」だと養老鉄道の桑名行きが、
ぐっと遅くなるので駆け足で多度駅へ。
みちすがら、
かつての小学校の校舎に出会いました。
あとで調べてみると
旧多度尋常高等小学校」だったとか、
1933年(昭和8)に完成した
昭和初期の校舎建築だったとか。
二宮尊徳像もありましたよ。
ふたたび桑名へ…
多度駅に買い求めた養老鉄道グッズ
マグネットカーで上から、
ラビットカー、センロク、マルーンレッド。
ラビットカーはもともと近鉄南大阪線で
活躍した高性能車両で唯一の現存車両が、
養老鉄道に在籍しているのです。
実は三重にはいろんな鉄道や軌道が
あるらしく「たのしいみえののりもの」なる
パンフレットも見つけました。
また、電車目当てに訪れたいと思います。