2011年8月31日水曜日

TARO100「生命の樹」

あの岡本太郎記念館で
展示されていた「生命の樹の模型」
記念館での展覧会には間に合わなくて
あきらめていたのだが、
EXPOパビリオンで逢うことができた。




















フィギュアのパイオニアの
海洋堂さんが手掛けただけあって
その作りこみはサスガっす。
1/20スケールの模型でも
雰囲気が伝わってくる。


「原生類時代」
海ユリ、ポリフ、太陽虫、
クラゲなんかの原生動物たち















「三葉虫・魚類時代」〜「両生類時代」
















そして「プロントザウルス」が続く・・・















万博閉幕後に撤去が進んでしまったので、
太陽の塔内に当時の姿を
見ることはできないのが残念ではある。




















当時のパネル写真・・・・
















「太陽の空間」とともに、
うねりをあげてのび上がる一本の樹。

大屋根をブチ抜いた《太陽の塔》のその胎内には、
根源から立ちのぼり未来へと向かう生命の
内なるエネルギーが秘められていたのだという。















当時のモニュメントも顔を寄せていたが、
間近に見ると どうもマンガチックに映る。

「絵本をみるような、
 大人にも子供にも楽しいユーモラスなものを」
  との構想を掲げ、
「ことさら学問的である必要 はないが、
 そこに自然科学的な裏付けがあって、
 教育的な要素が遊びの表現と
 ハーモナイズされているように」


そして
「全体として人間を感じさせたい、
 そして生きていくための何かを感じさせたい」


そんな太郎さんの思いがイマに伝わる。













TARO100「地底の太陽」
















太陽の塔の「地底の太陽」
の復活で、
急にブログのアクセスが増えていたこの頃。
アタマの「黄金の顔」、胴体の「太陽の顔」、
背中の「黒い太陽」にもう一つ

太陽の塔の四つ目の顔に会いに行って来た。
















  当時の「地底の太陽」のパネル写真



普段は自由に出入りできるホワイエ
部分にパテーションを切られていて、
暗幕で覆って雰囲気を出していた。
右奥にみえる暗幕の中で展示されていた。
















「EXPO'70パビリオン」にある模型にも、
地底の太陽」が作りこまれていたり、
大きな土偶が陣取るコーナーもあるのは、
2010年3月のオープンまでに
なんとか展示しようと考えていた代物。


















万博終了後は兵庫県に
寄贈された記録があるものの、
相手方の兵庫県教委社会教育課には
受け入れ記録が残っていないという。
















実のところ当時は地下展示室の
装飾の一つだと思われていて、
岡本太郎の芸術作品とは
みなされていなかったらしいというから、
なんか大きな金色のオブジェらしきもの、
程度にしか思われてなかったのかも知れない。
















「NEWSゆう+」というニュース番組でも
都市伝説と化せられていて
具体的な情報は得られなかったし・・・
「作品を知ってもらい、
   所在の情報につながれば」
との願いを込めての企画なんだそうだ。

















顔の直径は3メートルで、
左右に「コロナ」が伸びているのは、
いかにも太郎さんらしいなぁ〜と。
原寸大のレプリカでの復活であるが、
雰囲気は十分が伝わってくる。

展示スペースの復元には当時の写真なども
参考にしたようで、天井には太郎が集めた
祈りのメンツたちは実に圧巻だった。

















世界中から集められた祈りの造形は、
「国立民族学博物館」に今に伝わっている。

















こちらは当時一緒に展示された
クアトリケの神像」か?






















虎次郎は万博当時は3歳だから、
印象にはないはずなのだが・・・
なんか夢に出てきた気がする??
















会場には「岡本太郎のアトリエ」
再現されていて太郎さんも出張。
1970年代に描かれた
  《悲しい動物》
《幼神》















そう《生命の樹》のレプリカと対面!!
《生命の樹》は改めてブログります。

そうそう・・・
あのアートピースコレクション
    ガチャポンもありましたよ。
まさか大阪で出来るとは思わんかったから、
もうコンプリしちゃったんですけどね。
手の平のTAROが欲しい方は是非!!





















「岡本太郎 地底の太陽展」

期間:8月27日(土)~10月10日(月・祝)
   10時~17時(入館は16時30分まで)
定休日:水曜日(ただし、10月5日(水)は開館)

場所:万博記念公園 自然文化園内 
     EXPO'70パビリオン ホワイエ

料金:大人(高校生以上)500円(通常入館料含む)
   中学生以下無料
(ただし、別途自然文化園入園料
    大人250円、小中学生70円必要)





2011年8月11日木曜日

帝都食べ観て「三井本館」
















三菱の岩崎邸を観たので
   それなら「三井」も!!
関東大震災の復興のシンボルでもあった
「三井本館」も観てきた・・・・

「関東 大震災の2倍の地震が来ても
 壊れないものをつくるべし」
との
社長の命によって作られただけあって、
まさに重厚な面構えをみせていました。


















華やかさを過度に強調していない
まさに「抑制された美」ともいわれる。
コリント式のオーダー列柱
そしてアカンサスの装飾が王道を示しています。















外壁上部には
レリーフが飾られています。
これは当時の三井グループが
取り扱う商品を意味しているそうです。


「紡車、繭、桑」は 絹






















「はかり、鍵」
   為替と財宝の保管





















こちらは「翼車と飛行機」
 航空、陸運のことだ。





















これは「蜂の巣」
 勤勉を表すという。






















全部で12あるのですが、
1つの側面に4つずつで計3面。
残りの1面は今は
三井が買収し、
三井タワーになっています。























その側面には
高さ24.5メートルのガラスアート
「ヒストリカルウォール」
  設置されていていました。


当時は別の商店が建っていて、
日本の成長を支えたあの三井でさえも
土地買収ができなかったのだそうです。















2011年8月10日水曜日

帝都食べ観て「日本橋」

こないだの帝都東京めぐり・・・
パフェは食べなかったけど、
千疋屋総本店 にも寄った。


















江戸の天保5年(1834年)に
今の日本橋 人形町3丁目に
「水菓子安うり処」を掲げたのが始まり。
   今は安売はみかけない・・・・























パフェが混み合ってたこともあって、
スペシャルマンゴーカレーライスを食べた。
いや〜〜美味でございました!!
ミニデザート千疋屋をプチ体験・・・


















日本橋といえば日本の道路の原点で、
「日本国道路元標」ってのがある。
ホンモノは道路の中央分離帯にはめ込まれていて、
道端にレプリカが置かれておった。

















江戸時代の五街道の起点からなお続く、
日本の道のスタート地点だ。














 安藤広重の東海道五十三次「日本橋」



















橋詰の四本の親柱にはは立派な獅子
獅子が片足で押さえつけているのは
東京都の紋章なんだそうだ。






















そして中央の柱には「麒麟」
「獅子」は守護、
「麒麟」は繁栄を表している。





















現在の日本橋が架けられたのは明治44年で、
数えて今年が100年目にあたるという。
高圧洗浄機の世界トップメーカーの日本法人
ケルヒャー ジャパンさんの手によって、
キレイにしてもらったのだという。



















三井記念美術館でやってた特別展

日本美術にみる「橋」ものがたり
 −天橋立から日本橋まで− 
  ものぞいてきた・・・




































2011年8月7日日曜日

はじめての「初辰まいり」


毎日乗ってる
阪堺電車の電停に
月末になると貼られる
「初辰まいり」のポスター
みのりある三社参りって?


ちょっと早めの夏休みで
ぶらりと体験してきました。























住吉大社の境内を入ると。。。
年季の入った石灯籠が
 あちこちに立っています。
「魚問屋 魚仲買」とか
















「干鰯仲間」とか・・・
それぞれの商いのグループで
住吉講を組んで奉納したもので、
信仰の表れとともに広告の役割も
兼ねていたものなのだそうです。

















まずは手水舎で口と手を清める。
兎は住吉大社のお使いなんだそうで、
住吉大社御鎮座の

神功皇后がお祭りされた日が
 「卯の日」
であったことに
ちなんでいるといいます。


















そして住吉大社といえば 太鼓橋
正式には反橋
(そりはし)といい、
秀吉の側室の淀殿が奉納したもので、
石造りの部分は当時のままを伝えています。

今では誰でも渡れる反橋ですが、
明治時代までは神様に限られていたようです。
真ん中は今でも神様が通る場所、
ということで避けて通って渡りました。
渡るだけでお祓いを
受けたことになると言われます。


















住吉大社の四本宮の入口である
     角鳥居をくぐる。
脚が四角柱の鳥居には伊万里焼の扁額。

















神功皇后が、新羅出兵の際に力をいただいた
住吉大神のお告げで、
西暦211年の卯の年卯の月卯の日に
大神を祀る場所をこの地に定めたことが
起源だといわれていて、
今年が鎮座1800年にあたるそうです。

















奥から、第一、二、三と並んでいて、
第三本宮の南側に第四本宮があり、
みな海に向かって西に向っていて、
遣隋使、遣唐使を見送った
海の神様であることを今に伝えています。
















右手の第四本宮には
神功皇后が祀られているので、
屋根にある交差している木(=千木)、
女性神ですので水平に削がれています。

















本宮の北側を奥に進むと、
左手に「御文庫(おぶんこ)」が建つ。
大阪最古の図書館で出版元が共同で
享保年間(1716~1736)建てたもの。
一番刷りの原本が納められているそうです。















こちらは神宮遥拝所で、
小さな鳥居の下に神明穴があって、
東にある
伊勢神宮を遥拝するところです。































そしていよいよ「初辰まいり」
 物事の元を司る種貸社で「稲種」を
 戴き願いをこめます。
 次に物事の発達を司る楠珺社に詣で  
 「稲穂」と換え、
 
 次に願いの収穫を司る大歳社で
 
 「神米」を戴いて下さい。

          とあるので、
まずは「種貸社」(たねかししゃ)
















あらかじめいろいろと調べていたのだが、
どうも勝手がわからない。
テントのなかにおられる宮司さんに聞くと、
「種貸社」にいる巫女さんから
まず稲種を授かってくださいと・・・















この稲種は、
商売繁盛の元とも願い事の元とも言われ、
資本に加えて商売すれば増殖繁栄。
















稲種が多くの稲を実らせることから、
幸せを増やすという
   意味も含まれているとか。



そして樹齢千年を超える楠の大樹がある
楠珺社」(なんくんしゃ)へ















江戸時代の頃から人々が
楠の神秘的な霊力に祈りを捧げていたのを、
根元に設けられていた社に
お稲荷さんを祭るようになったのだとか。
















ここで収穫!!!
「稲穂」にかえていただきました。

実はこの「初辰まいり」って、
神社が言いだした信仰ではないのだそうです。
初の辰の日にお参りに来たら
ご利益があったという
新町に住む人の口伝えから広がって、
参拝のたびに露店で縁起物として売っていた
土人形の招き猫を買って並べたところ、
商売繁昌したというのがルーツなんだそうです。















ここからは境内外地に出て・・・
「浅沢社」(あさざわしゃ)
















ここは弁天さんともいわれる女神、
芸能上達・美容の神として
親しまれているそうですが、
「腕を上げる」という御利益で、
商売繁盛にも繋がると言われています。
















そして
稲の収穫の守護神の
「大歳社」(おおとししゃ)に。
稲の収穫の守護神で、大阪商人の間では、
特に集金の守護神として信仰されてきたそうです。




































ここで「稲穂」から「御田米」に。

一粒がこんなたくさんの白米に、
「一粒万倍日」にいただくことによって
ご利益があるといわれています。

「一粒万倍日」
を調べてみると・・・
新しいことをスタートするのに
良い日とされていて、
今月だと7日 (日)、13日 (土)、25日 (木)
















「大歳社」では巫女さんと宮司さんから、
   かき氷をいただきました。
ちなみに
住吉大社の巫女の飾りは、
松に太陽、白鷺があしらわれたもの。






















蒸し暑かったのでまさに至福です!!















大歳社の隣にある「おいとしぼし 社」には、
「おもかる石」ってのがあります。

最初に持ち上げて重さを確認後、
置いて祈願を念じる。
次に持ち上げた時、軽く感じたら、
    願いが叶うといいます。
知っていたけど重く感じてしまった・・・
また改めてお参りしたいと思います。















もう一つの住吉さんの
パワースポットが、
五所御前(ごしょごぜん)」。
大きな文字で「五大力石守」とあり、
「パワースポット」との赤字が目に入る。
住吉の神様が、
1800年前に最初に降りてきた場所

この杉の木に白鷺が3羽止まったので、
神功皇后 が住吉大神を
お祀りしたと伝わっている聖地です。
















このあたりで突然の豪雨に
 見舞われたのですが、
 なんとか探り当てました!!

杉の木が立っている玉垣の砂利の中から、
「五・大・力」とかかれた小石をさぐる。
ちなみに五大力とは、
「体力、財力、福力、智力、寿力」
 を意味していているそうです。
生きて行くためにどれも必要なもの・・・

















楠珺社で授与される小さな招き猫。
右手をあげているのはお金を呼ぶとか、
ちなみに
奇数月だと左手ので「家内安全」

















毎月1つ求め、48体集まると、
中くらいの大きさの猫と交換してくれる。
ここに写ってる大きな猫は、
さらに中猫2体と48体の小猫と交換。
左右の大きな猫が揃うには、
なんと24年もかかるとか。

4年を
一区切りとして、
48回参拝すれば「満願成就」
四十八辰、つまり始終発達に・・・

ちなみに、
一月でも初辰まいりをさぼると
また一番最初から始めない??
      といけないとか。

大願を成就させるには
大変な苦労がいるということですね。

「初辰まいり」のおみやげ・・・・
もうひとつは明治元年創業の
御菓子司 末廣堂さんの「さつま焼き」






















元禄年間(1688~1704)の頃、
住吉大社界隈でつくられ、
露店で蒸して売られていたという
さつまいもを模してかたどったもの
境内の茶店でもいただきました。