2011年7月31日日曜日

TARO ジャングルへ

東京メトロ「湯島駅」から千代田線・・・
目指すは「表参道」にある「岡本太郎記念館」
















2007年2月に行ったときは、
たくさんのTAROのこども達に
圧倒されてしまったのでリベンジしてきた。















TAROのジャングル探検には
腹ごしらえが必要だ!!
" a Piece of Cake "
パンケーキでエネ充填をば。
「簡単なこと」という意味で、
気軽に立ち寄るれるカフェは、
入館料オフでアートを楽しめちゃう。























記念館の入口のよこに立つ
《未来を拓く》
1988年に開催された
「ぎふ中部未来博」のシンボルタワーで、
岐阜メモリアルセンターという
長良川球場がある公園にあるそうだ。

























《河童》はすでに野生化しているし・・・
















《午後の日》も半面が緑化ずみ。






















《黄金の太陽
は熟し待ちか。。。























川崎市にある「岡本太郎美術館」の
シンボルタワーの
母の塔も聳える。


















《野沢の乙女》も南国ムードがただよう。

そしてココかしこに
《坐ることを拒む椅子》たち













二つ目のヤツ に 青い宇宙人













アカレンジャー? ショッカー???













マスクマン??  イナズマン
















さらに奥入ると・・・・
「ハチに危険」なんて警告が発せられ


















君はどうなったんだ(@ω@)・・・
帰り道が不安になってきたの退却す(汗)

で・・・・
ほどなくTAROが続きます。















「うえの夏めぐり」三菱の洋館・旧岩崎邸

上野の不忍池のほど近くに
  「旧岩崎邸庭園」があります。


















あの岩崎弥太郎をルーツとする
三菱創設者・岩崎家の本邸で
三代目である岩崎久彌
建築家 ジョサイア・コンドル さんに
    設計させたもの。





















あの鹿鳴館や御茶ノ水の「ニコライ堂」
港区にある「三井倶楽部」などは
コンドルさんの設計によるもの。
東京駅などを設計した
    辰野金吾は弟子にあたります。


















1896年に旧舞鶴藩の屋敷跡に建てられたもので、
15,000坪の敷地に20棟あまりが、
完成当時には建てられていたそうです。

現存するのは木造2階建、地下室付きの洋館、
残る二棟は洋館に連 なった和館の一部、
そして「撞球室」です。



敷地に残る 袖塀(そでべい)に、
岩崎家の家紋「三階菱」が描かれていました。
あの三菱の社章はこれを図案化したものです。

















































洋館の裏手には、
「トスカナ式」と呼ばれるの列柱、
二階部分の柱は
「イオニア式」なんだそうです。
ベランダが設けられているので、
ベランダコロニアルスタイルとも言えます。

































洋館横手のサンルームには、
三菱三代目社主の 岩崎久彌 氏と
岩崎家の人々の
  記念写真が残されていました。


















屋内は撮影禁止で写真がありませんが、
天井には刺しゅうが施され、
ベランダはタイル貼りのぜいたくな造り。
壁紙の
細かい模様の
  金唐紙も見応えがありました。





















一年中葉の色を変えないアカンサスは、
生命力を象徴する植物と言われ、
古代ギリシャ以来、
建築物の装飾のモチーフで建物の
左手手前にあるのが
それです。



こちらは撞球室」

















後年に建てられたたものですが、
同じくジョサイア・コンドルが設計を担当しました。
上品な山小屋のようでビリヤードルームです。
実は洋館とは地下道で繋がっているのだそうです。


















ちなみに関東大震災の時、
本邸も含めて地元の住民に
開放されたことがあったそうです。
三菱の心意気が伝わるエピソードです。


もっとイロイロ
知りたい人は・・・
台東区文化ガイドブック
館内の写真も見られます!!

「うえの夏めぐり」上野大仏と不忍池

「上野精養軒」のほど近く。。。
ちょっと分かりにくいとこにあるんだけど、
小高い丘の上に顔だけの仏様がおられる。
「白毫」と呼ばれる額の白いホクロ、
額縁に収まったデスマスクの様相を醸しだす。

















一番はじめに上野に大仏が現れたのは、
江戸時代の寛永8年(1631年)のこと。
その後、関東大震災で首から上が落ちてしまった。
戦時中の金属接収で寛永寺に
保管されていたこのお顔だけとなったのだという。



















“合格大仏” という立て看板が目に付く、
「顔だけなので、
 もうこれ以上落ちないという」とのこと。



















往年の上野大仏
元禄11年(1698年)から
天保12年(1841年)までは、
大仏殿もあったのだという・・・




花園稲荷神社〜〜〜


















五條神社の境内を通って~~



















不忍池
を臨む・・・

















蓮の花がまさに見どころでした。

































こんな絶景に巡り合えるとは
ありがたいことです(・ω・)v

2011年7月30日土曜日

「うえの夏めぐり」上野東照宮

上野公園に「東照宮」???
実は上野めぐりの下調べをするまで
     知りませんでした・・・
ほかの東照宮と区別するため
上野東照宮」と呼ばれていますが、
正式名称は「東照宮」なんだとか。
















藤堂高虎
の屋敷だったところに
1627年に造営されたもので、
1616年2月4日、
見舞いのために駿府城にいた
藤堂高虎と天海僧正は、
危篤の家康公の病床に招かれて、
三人一つ所に末永く魂鎮まるところを
作ってほしいという遺言を受けたもの。

正式に1646年に正式に東照宮の
宮号を授けらたのだて、
1651年には三代将軍の徳川家光
大規模に造営替えをした社殿・・・・

















「平成21年1月21日を以て
 社殿内拝観を終了」
との張り紙。
ホームページには何も
書かれてなかったのにな・・・

















360年も前に造られた・・・
よく戦火で焼けなかったこと
屋根の垂木や組み物など、
外側の部分は塗り直しているそうです。
また改めて訪れたいスポットです。

















境内に並ぶ銅燈籠
慶安四年奉納というから1651年。
全部で50基もあるそうで
重要文化財に指定されています。

















こちらは上野動物園内にある
「旧・寛永寺五重塔」















1645年(寛永16)に建てられたもので、
こちらも重要文化財の指定を受けています。
もともとは上野東照宮の五重塔だったのですが、
明治の神仏分離令によって戦後は東京都が管理で、
上野動物園の敷地に組み入れられています。

実はこの五重塔は土井利勝
1639年に寄進したのですが、
1645年に花見客によるものとみられる失火で、
一度失われたのだそうです。
ただ、その年のうちに再建されたのだとか、
寛永寺に対する江戸幕府の思いを
今に伝えるものと言えます。






















蟇股(かえるまた)
  装飾彫刻は十二支・・・・

知恵のありそなサルとか

















ネコのようなトラとか・・・・
















ウサギとか・・・






「うえの夏めぐり」パンダスイーツ

上野の森にあるレストラン上野精養軒
パンダ公開記念特別メニューを
        楽しんできました。
















一日30食限定の「パンダプレート」
興味アリアリやったんですが・・・

















ランチタイムまでにブレイクが必要になり、
「パンダムース」をば・・・・

飲み物とセットにしてちょうど1,000円
















コーヒームースになっちょりますm(__)m
 う・ま・し(・ω・)v

















可愛いだけじゃないんやからね!!


その他・・・・パンダ土産をいろいろ・・・・

精養軒の「パンダクッキー」とか



















上野ZOOの「パンダ煎餅」とか