2017年12月20日水曜日

ザ・船場な戦後ビル⑤

「船場な戦後ビル」第4回
御堂筋より西側 四丁目



京阪神不動産瓦町ビル」1962年

 中央区瓦町4丁目2
1999年に改修された
日建設計設計のテナントビル。

瓦町通沿いの馬のレリーフは、
戦後間もない1948年、
阪神競馬場」設立された会社の
ビルだった名残なのだそうです。
植木茂さんの手によるもので、
日本における抽象彫刻の
パイオニアだった植木茂さんは、
木を中心に鉄やブロンズなど
さまざまな素材を用いられたとか…

仁川の阪神競馬場
1955年にJRAへ譲渡されるまで、
ここの会社が持ち主だったのです。
なぜ馬が彫られたのかには、
こんなエピソードがありました。
水平連続窓をぐるりとまわし、
アルミの金属色を活かした腰壁。
奥まった部分に白タイルで
素材に差をつけ水平線を強調、
日建設計の仕事だと見る人が
見ればわかるそうです。
低層部にステンレス

上層階にアルミを用いる
金属の使い分けは、
塔屋には
アルミのダイヤモンドパネル
見上げてもよくわらなかった(笑)。
御霊筋側にも角地があり、
少し丸くセットバック。


ヤマイチビル」 1966年
  中央区備後町4

小規模角地ビル。

南側には北御堂があります。

柱を控えている分だけ
すこし1階の壁が奥まっていて、
2階からは三方に連続水平窓。
2階から上は角が面取りされて…
壁面はシンプルに白色の吹付仕上げ。
ガラスブロックと…
花のような模様の窓格子の金物、
手抜きのしないまさに戦後ビル。
ちなみに今はヤシノミ洗剤
おなじみのサラヤ株式会社さん。


西邦ビルディング」1965年
  中央区高麗橋4丁目

せいほう と読みます。

角地に建つオフィスビルですが、
デザインは典型的な間口型。

1階のエントランスを後退させて
ピロティーにしてはります。
バランスが取られたサイン、
ピロティ天井にも丸照明
天井埋め込まれるなど、
細部にもこだわりを感じさます。
叩き出し…

2階からは間口一杯の水平連続窓、
両端を少し突き出た袖壁で締める。

階の区切りをウォームグレー
呼ばれるモザイクタイルで
落ち着かせています。
アルミサッシは断面が細く、
レディーメードサッシ※の
初期モデルだそうです。
角地だから側面もよくみえる…
袖壁から白いモザイクタイル。

西邦産業株式会社さんは、
1805年の創業 筆墨絵具の販売から
染料問屋へと発展されました。
戦後は
石油化学やファインケミカルを
取り扱う化学品専門商社さんです。


平松ビル」1975年
  中央区伏見町4丁目

築40年を迎えているそうだが…

半地下に居酒屋、
反対に駐車スペース、
そして階段あがると歯科。

コンクリートながら
要石」風なフォルムが面白い。

日建ビル1号館」1968年
  中央区高麗橋4丁目 

日本を代表する「日建設計」の
オフィスとして建てられた。

南面は道路斜線制限があって、
斜めにセットバックしていくのが、
ロボテックスな感じ・
のようにみえるのは、
西側に集中させられた
エレベーターや階段たち。

建築当初はコンクリート打ち放し、
荒々しい仕上げでだったそうで、
かなりの迫力があったんだと…



散水栓まわりに常緑の
低木アオキには
ちょうどいいスペース。


サッシはスチール製で、
中央の大きなガラスは
開閉しないはめ殺し窓。
両袖の小窓が開くそうです。

今は「銀泉」の看板が掲げられるが、
通用口には「日建ビル1号館」。

ザ・船場な戦後ビルシリーズ、
ひろまず小休止です(・ω・)v

※レディメードアルミサッシとは?
1959年に開発された国内初の標準化アルミサッシのこと。
大量生産と品質の安定を前提とした製品開発によって、
アルミサッシの量産化が始まった。
その後市場の反響を取り入れながら改良が加えられ、
アルミサッシの品質が向上し、信頼性が高まっていった。
レディメードサッシによって市場が拡大するとともに、
アルミサッシの建材としての優れた特性が
いちやく脚光を浴びるようになった。
参考文献 「歴史を見たマテリアル」第14話
めざましいスピードで一般に普及「アルミサッシ」
  神戸製鋼所アルミ・銅事業部門販売網機関誌 

2017年12月19日火曜日

ザ・船場な戦後ビル④

「船場な戦後ビル」第4回
淡路町二丁目から三丁目あたりへ…

「興和ビル」1957年


明治時代に創業した綿布問屋
起源に持つ企業の大阪支店ビル。
金属パネルの寡黙な概観…

1階のガラスブロックの
その整然として並ぶ壁、
市街地の景観を
引き締めていました。


おそらくどの家にもあった
緑のカエルの指人形の
ケロちゃんコロちゃん
コルゲンコーワ」で
おなじみのコーワさんのビル。

角地には
主力商品のディスプレイ。
イメージキャラクターの
米倉涼子さんのポスターも。

興和株式会社さんは、
名古屋市で1894年(明治27)創業の
繊維問屋である「服部兼三郎商店」に
ルーツを持つ。
豊田佐吉の自動織機開発を
支援していた名門企業でした。



大阪毛織会館」1966年


繊維関係の企業が多い船場らしく、
業界の会館建築もよくみると、
かなりこの辺りには
多く建ち並んでいます。

アゴのように突き出した塊
 下から見上げると迫力があり、
ビルに重量感を与えている。」
大阪市大の高岡伸一さんの評。

この時代に時折見られるデザイン、
袖壁との縁を切ることで
緊張感を醸し出していました。
空ととっても仲良しな
テナントビル
「船場ビルディング」は、
1925年の戦前な船場のビルです。
やはりオシャレ・テナントビル、
メリクリつつありました。


八百梅製麺所」1967年


船場の町割をそのまま継承した
間口の狭い小規模ビル。
かつては木造の町屋
建っていたのでしょう。
コンパクトなサイズや
2階の手摺などから、
まさに「家がビルになった」…
まさにその雰囲気を感じさせます。

昔の生業をそのまま
ビル化したような佇まい。

よくみると
袖壁も二重なのでして、
デザインも凝っているのです。
水平連続窓の両端を袖壁でおさえ、
壁にタイルを貼る典型的なカタチ。
内側袖壁がステンレスというのも、
なかなか粋を感じさせます。

鷹岡ビル」1968年

明治時代創業の歴史を持つ
老舗毛織物商社の本社ビル。

複数の色を混ぜた茶色のタイルは、
御堂筋の御堂ビルを筆頭に
この時期流行った
自然な色合いが特徴。

横軸に回転する
角の丸いサッシは、
当時北欧から輸入されて
普及した高機能サッシだ。
横を軸にガラス全体が
大きく回転するタイプとか…
1964年に日本へ技術導入された
スウェーデン生まれの高機能サッシ、
エルミン窓」と呼ばれるものです。