2013年9月25日水曜日

鞆の浦めぐり⑥〜阿伏兎観音の絶景へ


ぷらぷら日記.13「阿伏兎観音」編
イチバン気になっていた場所。
鞆の浦めぐりもこれがラスト!!
ポニョのお母さん...
グランマンマーレを訪ねて」編です。

電車とバスで行く旅には
かなりディープなスポットであります。
というのも...
イチバン早い鞆の浦発のバスに乗っても、
帰りのバスまでの待ち時間が半端ない。

バスでも鞆の浦から20分あまりの距離
マイカーだったらきっと楽だっただろうけど。
瀬戸内マリンビュー」にも乗りたかったしね。

あぶと観光汽船」の看板が掲げられていた。
あぶと館さんの所有する専用クルーザーで、
10名以上だと60分の
瀬戸内クルージングが楽しめるのだという…

阿伏兎ノ瀬戸と呼ばれる狭い海峡ぞいに、
バス停から7分くらい歩いて沼隈半島の南端へ…

あまりに普通の家っぽいのだが、
「阿伏兎観音」そして
臨済宗磐台寺
(ばんだいじ)とある。
一抹の不安がよぎりつつ・・・

 
階段をあがると寺務所がありました…
声をかけるといいお返事が奥から〜〜〜。
拝観料の100円をここで払って進みます。

境内の中に入るとすぐにあるのが

桃山様式の禅宗方丈建築磐台寺客殿」。



そして...裏手から観音堂へと続く石段へ。

朱塗りだけどお寺さんです...

途中に鐘堂がありました。

結構な急勾配な階段を振り返ると、
こんな感じでした。

お堂は「土足厳禁」なのですが・・・
気のせいではなく床が斜めになっちょる。
しかも海側に傾いてるし( ;∀;)
靴を脱いでフラッとしたのでビビリました。

正気を取り戻して先をに進むと。

見下ろすと海原が広がっていました。
お堂正面に回って中を見るとさらにビックリ。

大おっぱい祭り????
安産祈願らしく全て手作りみたいでした。
左右に絵馬が飾ってあって、
正面にはお賽銭箱がありました。

背後に不安を感じながらもしっかり祈願???
でもナンの御利益なのか不安を抱きつつ。
 
三山次郎右衛門という漁師が、
十一面観音の石像を網で引き上げ、
阿伏兎岬に安置したのが
始まりやと伝わります。

そして海岸にある石の三重塔へ。
下から見る観音堂はまさに絶景です。
穏やかなさざ波に
急峻な岩肌との対比が絶妙。
荒々しい岬に立つお堂の姿は、
東洋の雰囲気も漂います。

瀬戸内の穏やかな自然との調和の絶景地...
十返舎一九もこの風景を見ていたそうです。

厳島参詣に向かったときの
厳島参詣膝栗毛』にはこうあります。
「観音堂より見おろせば、
 白波足元にわきかえりて、
 目も眩
(くるめ)き 足の骨もかゆきばかりに、
 石垣はさながら蜂の巣にもにて
 光明のさす阿伏兎観音」と…
 
安藤広重の「六十余州名所図絵」にも
その六十七「備後 阿武門観音堂」有り。

広重さんのは朱塗りではないけれど…
きっとここからのアングルなのやと思います。
で…ポニョのお母さんグランマンマーレの話。
映画では
巨大なグランマンマーレが通過したのを見て
「観音様が見えた」「観音様の御神渡だ」とか

宮崎駿さんはイメージを繰っていたとき
よくここを訪れた場所でもあるそうです。

2013年9月16日月曜日

鞆の浦めぐり⑤〜ポニョのいる風景


崖の上のポニョ」...
そこに出てくる風景は、
宮崎駿さんが閃いた情景なんだけども...
鞆の浦にはやっぱり
宗介ポニョが気配を感じます。

穏やかな海辺の風景や...

洋館らしき建物のたたずまい。



古きよき時代の匂いが詰まってます。



高台から眺めると。。。
ホント そのものなのです。

お世話になった
ともてつバスセンター」には、
ポニョグッズがあふれていましたし。

ポニョまっぷもいろんなとこに。
手づくりやから。。。いいですね。


町が水没するシーンとかを思い出すと...
みんなが避難した【山の上ホテル】は
雰囲気がよく似てる仙酔島の国民宿舎か?
船で避難するときにみえたのは...
たしか【いろは】の幟旗だったような。

次回はポニョのお母さん...
グランマンマーレを訪ねて」です。

2013年9月15日日曜日

鞆の浦めぐり④〜保命酒のふるさと


汐待ちの港 鞆の浦の「保命酒」。
その創醸は大坂生玉で開業していた
医師 中村壌平利時の長男の吉兵衛吉長が、
家伝の薬法を用いて製造販売したのが始まり。
万治2年(1959年)に
製造販売したのが始まりだそうです。
長崎から薬草が入り、大坂へと送られる。
絶好なロケーションが「鞆の浦」
だったということなのでしょう。
 
保命酒」は清酒とちがって、
餅米を主原料にした焼酎で製造した漢方薬酒。
これに十六種類の薬味が漬け込まれています。

中村家がにぎっていた専売権は、
明治に入って複数の業者に引き継がれて、
今でも鞆の浦のあちこちに看板が見られます。

鞆の津ミュージアム+Cafe」では、
保命酒の生キャラメルなんてのに。

兵庫県三田市にある
パティシエエスコヤマ」の
レシピで作られたものだそうです。

クールダウンに飛び込んで
小腹も満たしました(・ω・)v

ここのパンケーキは、あの
クラブハリエ」のプロデュースもの。
銅板で焼かれた生地は、
「中はふわっと
外皮はしっかり」でした。

なまこ壁のある路地を抜けると...

保命酒のルーツである「太田家住宅」。
主屋や保命酒醸造蔵など9棟からなっていて、
敷地の四方は道路で囲まれています。

江戸時代中期から後期にかけて、
保命酒屋「中村家」によって、
家業の隆盛とともに拡張増築され、
明治に入り「太田家」に受け継がれたものです。

幕末維新には、尊皇攘夷を主張する三条実美ら
7人の公卿が公武合体派によって
都を追放され長州に下ったおり鞆港に入り、
保命酒屋に立ち寄ったのだそうです。
長州より再び上京した時も、
主屋と別宅に宿泊したとか...
鞆七卿落遺跡」の名で知られる所以です。
西国名所図絵「鞆の浦」