2010年6月30日水曜日

黄タオルで悔し涙を拭う

今日はタイガース ドリームリンクデー
全プレ第三弾のマフラータオルの日。
思えば交流戦明け休みもあって、
6月の虎次郎の観戦はこれで2戦目。
といっても明日からは7月だ。

2010年という年がもう半分も
終ってしまったんだと気づく。

ドリームリンクのタオルは、
どこぞのサウナタオルの如く
  振り回されることもなく。。


















昨日はアニキ金本のギネス三連戦とやらで、
全プレの下敷きをもらう今日のデザインはこれ。


















スタンド内では風が通っていたが、
さすがの甲子園駅のサウナトンネルでは、
手動式扇風機に早変わりしていた。


試合の方は昨日の大花火大会と打って変わって、
「風呂の種火」のような試合だった。

下柳、渡辺は種火のママでがんばっていたのに。
久保田が「保温状態」で引火させてしもた。
なかなか入らないで「モッタイナイ」。



2010年6月28日月曜日

真っ赤っかのパ

今年は「Bs大坂夏の陣」に
参戦しようかと思てる。
あのオカックスが赤色をメインにした鎧を
連想させるデザインのユニを着る一戦。














この「Bs大坂夏の陣」は、
2009年も行なわれたようだ。
その時は限定ユニが前売りチケットの
ファンに配布したのだそうだが、
今年は選手たちも着用する。


肩の部分に鱗のような模様が入り、
右袖には「大坂夏の陣」ワッペンがつく。
その名も「ZIN-UNI2010」で、
後日オークションにかけられるとか。














試合前にはグラウンドで殺陣の披露があったり、
甲冑なんかも展示されるんだそうです。
赤い甲冑といえば真田幸村の六文銭か。
戦国武将の格好をしたイラストのポスターが、
地下鉄のホームなんかにも並んでいる。


赤い決戦は7月16日からの
ソフトバンクとの3連戦。
「赤ってなあ。相手に闘争心を与える」と
感想をもらしていた岡田監督。
以外とはまってまうかも知れない。


今年のパは赤が好きなようで、
毎年恒例になりつつあるソフトバンクの
「鷹の祭典」も赤ユニだ!!












「カチドキレッド」は真っ赤っかだ。
今年はキャップShマークも赤で縁取り、
ツバも赤で黄は抑え気味にした。

ラインとホークスマーク、
そして「皇潤」スポンサーワッペンに
ホークスイエローはアクセントに転じている。

こちらは福岡ドームで
7月2 日からのオリ三連戦を
スタートに8試合でまとわれるのだという。
JALにはホークスジェットが飛んでる。
あの白戸父さんも描かれている。
ジェット風船も赤をぶち上げるそうだ。


「赤い旋風」の太平洋クラブライオンズ
ユニを含めてまさに真っ赤っかのパ!


そう
東北楽天ゴールデンイーグルスは、
もともとクリムゾンレッド
だから4球団か。
さすがに交流戦での赤ヘルとの
赤対決は避けてくれてヨカッタ。
ちょっとカッカしすぎちゃう!!

  

2010年6月27日日曜日

虎次郎の収集癖 ボトルキャップ・フィギュア

神宮のデーで勝てなかったタイガース。
久しぶりに甲子園に戻ってきます。

中日との3連戦は、

正念を入れ替えて臨まねばなりません。

初戦の火曜日の試合前には、
アニキ金本選手の
1492試合連続フルイニング出場の
『ギネス世界記録』認定書の授与式
      があったりします。



3連戦中は7時30分までに行けば、
アニキの下敷きがもらえたりします。









思えば1980年代の甲子園の
ファンプレゼントといえば

この下敷きが定番でした。
といっても紙製にビニル貼ですがね。












いまでは
「メモリアルフォトシート」
なんて
こじゃれた言い方をするようですが・・・

もう一つ甲子園で始まるのが、
「エコキャップ運動」っての。
ペットボトルのキャップ回収運動のこと。
ペットボトルのキャップって、
ポリプロピレンという材質でできている。

本体は
「ポリエチレンテレフタレート」
という違う素材だから、それぞれ別々に
リサイクルってことになってます。

再資源化せずに焼却すると当然CO2が発生、
再資源化により得られた売却益で
発展途上国のこどもへのワクチン接種の
役立てようとする取組みですな。

タイガース選手会が独自にやってる
『Green Baseball Project』の一つ。
1日を含む3連戦という割合で
今年は3回行うというその1回目。







鳥〜会長も
ガンバッテルそうなので協力してみるか。



前置きが長くなった。。。
「ボトルキャップ・フィギュア」のお話。
ペットボトルの誕生とともに
その販促として始まり

コレクションアイテムとして
定着したのがそれです。
















1998年にペプシから
「ペプシマン」に引き続き登場したのが、
虎次郎が大好きな「スターウォーズ」もの。

オドロオドロしい宇宙人の生首は、

マニアでないとかなりアヤシい代物。

ディスプレイするに及ばずに
かなりの数が引き出しに残っている。



















実はこの「ボトルキャップ・フィギュア」には、
ペットボトル誕生の前に
そのルーツを持っていたという。

1979年にサントリーエードの
ジュースの瓶のの蓋として登場した。
12球団のヘルメット型ボトルキャップがこれ。












サントリー・オレンジエードか
グレープフルーツエード の
1ℓ瓶を5本買うと
好きな球団1個がもらえたのだという。

かなり精巧なツクリみたい。。
ほしかったなぁ〜
実際に使わずに・・・・
あくまでコレクションアイテムとして。









虎次郎の収集癖 自分土産「記念メダル」

タワーやお城など
いわゆるお上りさん的なスポットには、

「記
念メダル」ってのがありますね。























サッポロの旅でゲットしたメダルたち。
クラーク博士」「JRタワー」「支笏湖


刻印機とセットになっていて、
自分の名前を刻印すると
オンリーワンの
自分土産ができるという代物。
最近は観光スポットに行ったら
ひたすらメダルをあさっています(笑)


「スタンプメダル」というのが
「記念メダル」の正式な名前で、
国内で販売されている
「記念メダル」のほとんどは、
茶平工業 株式会社 ってとこのもの。
この会社はなんと
大阪市住吉区山之内にあるそうです。
虎次郎の職場のほど近いところにあります。


記念メダルのコレクターはかなりいるそうで、
なかには一念発起してオリジナルメダル
作った人もいるとか。

「ペナント」とか「提灯」のような違って、
金属でできているから変色も少ないし、
そう通行手形にくらべると保存も楽。
なんで今まで蒐集癖が起きなかったのか不思議。
でも「記念」とつくこの手のものは
価値のアップを目指すものではないので、
ほどほどにせねばなりません。


実はこの「記念メダル」には、
さまざまなフシギがあって。。
またゆるりとシリーズ化させようかとも
企んでおりますので覚悟召され?
  

神戸ポートタワー















少し前に行った「神戸ポートタワー」
埠頭に建てられたのが1963年。
今はメリケンパークなどの造成で、
海には面していないが。。。

今年のGWの間にリニューアルが施され、
照明パターンが増えて虹色にも
浮かび上がるのだという。
5階の展望室の天井には、
四季の星座が浮かび上がるという。


















やっぱりタワーは夜のスポットだし、
といって一人で訪れるのは・・・

こないだの札幌のテレビ塔もそうだが、
近頃はタワーも「ゆるキャラ」が必須なのか。
「キャプテンタワー君」というヤツ。













袖口の金色の4本線なんで船長さん。
敬礼が得意ってことだが、
実は体の構造上お辞儀ができないとか。
身長が2m50cmで制服を脱ぐと

赤一色のポートタワーに
変身できるという仕込みよう。



今やタワーにも「ゆるきゃら」必携のようだ。
関西4タワーブログ っていうのには、
「梅田スカイビル空中庭園」「京都タワー」
「神戸ポートタワー」「通天閣」の
関西の4タワーには
「ゆるキャラ」が紹介されている。

空中庭園が「そららちゃん」
京都タワー
「たわわちゃん」
通天閣はおなじみの
「ビリケンさん」
ビリケンさんはともかくとして、
ムリから感はぬぐえない。。











左はじのが
「はとば君」
黄色いのが「はばタン」だ。
応援にかけつけた
「キャプテンタワー君」お披露目の図。
(2008年6月19日
  第7回 Kobe Love Portみなとまつり)より


隣接する
「神戸海洋博物館」
ライトアップされるとムーディーだったとか。。。
修学旅行客の自由行動の若者たちしかいない
昼間の神戸みなとまちだった。











「赤い旋風」にトリコ?

「赤い旋風」の太平洋クラブユニが遂に登場。
始球式を務めた東尾修さん。














1969年から1970年にかけて
球界を襲った「黒い霧事件」で、
西鉄がライオンズを、
東映がフライヤーズを手放した時代。

福岡に「我がライオンズ」を残すために、
チームを維持したのは
個人所有の
福岡野球株式会社が母体であったという。
実は「太平洋クラブ」と言う名は、
当時ではそうとは認識されていなかった
ネーミングライツでの球団名だったようだ。

1976年には背番号が胸にも付く、
チーム名なしのユニが飛び出し、
「ユニフォームからネームを外して
 番号をつけたのは、
 球団身売りへの準備ではないか」
   揶揄されることがあったという。



















実は太平洋クラブとのスポンサー契約は3年間。
契約期間中であったにもかかわらず、
スポンサー料が滞ったたから胸から
スポンサー名が消えたという話もある。
親会社が広告としてユニを使わないなんてことは、
ありえないからちょっとリアルな話なのかも知れない。


太平洋クラブ時代の帽子マークは、
実はLCとTの2種類があった。
今回採用された白地に赤のツバに
太平洋クラブの青が目立つ「マルT」
細かくTAIHEIYO CLUB LIONSと
まさしく社章を頂いたのだろう。


復刻ユニをどのモデルを採用するかは、
前回の西鉄とくらべてオールドファンの
なかでも意見が二分されていたようだ。
もっと強烈にピンクユニでもって話も。。。

派手なユニは実はチーム事情の裏返しであった。
わずか4年間の間に何度もデザインが変わったことは、
まさにデリケートな時代の復刻だからやむを得ないか。


基本は「赤」でありながら、
アンダーシャツに
ストッキングとベルトは「青」。
「白」がベースなのでユニも
ある意味「トリコロール」か?

実際にブラウン管に映し出された
ライオンズ・クラシック 2010
初戦先発の
帆足の
ユニ姿を見るとちょっと違った印象。
少しは着こなせる時代になったのかとも思えるが。




















「パ・リーグ苦難の時代」と銘打たれた
オリックスとの対決は乱闘騒ぎまであった。

「試行錯誤」を続ける
  パらしいゲームだった。


 

2010年6月26日土曜日

永久欠番 大社義規

ファイターズの初代オーナーの
大社義規(おおこそ・よしのり)さんは、
プロ野球で唯一のオーナーでの
永久欠番になっています。


札幌ドームにそのユニが
展示されていました。





















1915年2月1日、
香川県大川郡津田町で生まれた大社さん。
19歳のときに家業が失敗して
当時通っていた旧制高松高等商業学校、
現在の香川大学を中退されます。

叔父が経営していた養豚組合に就職したあと、
27歳のときの1942年に、
徳島に「徳島食肉加工工場」を設立。
今の「日本ハム 株式会社」の前身です。
その後、拠点は大阪市に移します。

食肉加工のトップメーカーを
目指していたのですが、
知名度が低さが営業の悩みのタネ。
そんな時に、
折しも日拓が東映から引き継いだチームの、

身売り話がでてきていたようです。
メインバンクからは反対の意向が
示されていたようですが、
まさに野球好きの大社さんには
千載一遇のチャンス。

旧制高松中学の先輩だった
三原 修 さんとの親交もあって、
食品メーカーとして初めての
プロ野球チームが1973年に誕生します。


球団誕生の翌年には売り上げが
前年の850億円が、
1091億円になったのですから、

まさに大英断だったといえるでしょう。


チーム名は「常に戦いを挑む集団たれ」と
ファイターズと名付けられたのですが、

10万通の応募から選ばれたのは、
岡山の女子高生で、
「岡山県出身の大杉勝男選手が
 ファイターなのでピッタリだと」

        というのが理由。

ビジターユニにはお決まりの親会社名。
「Nippon Ham」のロゴが、

スカイブルーに赤文字で彩られたのは、

前年までの日拓の七色ユニよりも、
パジャマにセンセショーなるなものでした。

野球は広告の手段ではありましたが、
大社さんは球界きっての野球好きオーナー。
足しげく球場に観戦に通い、
よく選手に声を掛けていたようです。
新入団選手発表記者会見には、
ほぼ毎年顔を出しておられたようです。

携帯電話が出始めたころは、
箱形のバッテリーつきの電話を肩から担がせ、
球団職員に1イニングごとの
試合経過を報告させていたとか。
会議に回るメモには試合のスコアが
書かれていたようです。

ファイターズはそんなオーナーの思いが叶い、
1981年にリーグ優勝します。
そのときオーナーが着ていたのが
背番号100番のユニだったそうです。

2002年8月、
日本ハムに激震が襲います。

関連企業による牛肉偽装問題が発覚。
大社義規さんは引責辞任。
チームも北海道に移転してしまい
野球を観戦する機会が減ったそうです。

2006年に大社義規さんが悲願だった
日本一を果たしますが、

その前年の4月27日に他界されています。

野球の大好きだったオーナーは、
2009年に野球殿堂入りされます。
毎年行なわれるオールスターでのセレモニー。
なんとこの年の開催地は札幌ドームでした。
ファイターズの本拠地で表彰されたのは、
まさに運命的なできごとでありました。









舞歩ぜら〜〜〜

なぜかブブゼラの音を聞いてから
体調がよくないのは何故だ。
iPhoneにブブゼラのアプリをいれたのが
良くなかったのかも知れない。

真逆の時間に行なわれるワールドカップ。
野球もちょっとかすんでる。。




















タイガースが優勝していないのに
道頓堀にダイブする。
それを報道するカメラたち。
テレビってメディアが「即熱急冷」を煽る。

ちょっと早めに起きれた昨日、
最後の3点目に間に合った。

それにしても本田 圭佑ってワカモノ。
すごいなと感心しきり。
はるか先に見る目標は優勝だとか。

  

サッポロの旅 ジェラる??

イタリアの首都ローマって、
北海道でいうと函館の位置にあるそうです。
どちらも「北緯41度」。


道内ではちょっと有名な函館発祥
「MILKISSIMO」ってお店が、
千歳空港のなかに出店していた。

実はこの店内にあるマシンでジェラートは
すべて作ってるらしい。





















函館近郊で生み出される、上質な牛乳を使い、
地元で育まれた果物や野菜との組み合わせ。
びっくりする素材がジェラってた(笑)































そういえば。。。
札幌ドームでもジェラートを食べた。

北海道の砂川市で創業された道内では有名な
「本物のお菓子作り」の「株式会社ホリ」との
コラボレーションで登場していた
メット・イン・ジェラート。
タイガース戦は「B☆B」のヘル。。




















これからは月ごとに色が変わって、
カラーヘルが限定で登場する予定だとか。










虎次郎がチョイスしてもらったのは、
余市産ぶどう」と「余市産洋なし
どちらもジェラートらしい味やったなぁ〜〜。
その他にご当地フレーバーの
夕張メロン」美唄産ハスカップ」ってのもあった。


























アイスつながりでいえば、
「雪印パーラー」にも行ったよ。





















まあ甘いものは別腹だったので・・・
永らく続けていた「サッポロの旅」ブログも
これでお終いです。

  

2010年6月15日火曜日

サッポロの旅 Boys be ambitious !

北大にある クラーク 像。


















遠くを指さすあれ
を期待して来ると
「がっかり」することこの上ない。

あまり大きくないので見逃すかも知れない。

いわゆる札幌三大がっかり名所のひとつ。
あと二つは「時計台」「ポプラ並木」。。
でもクラーク像にはホンモノがあるからね。
冬場なんかはここで済ましてしまうと、
かなりテンションが下がりそうだ。


おなじみの
「Boys be ambitious ! 」
には続きがあり、全文はこんな感じ。

“ Boys be ambitious !
Be ambitious not for money
or
selfish aggrandizement ,
not for that evanescent thing
which men call fame .
Be anbitious for the attainment
of all that a man ought to be . ”




「少年よ、大志を抱け。
 しかし、金を求める大志であってはならない。
 利己心を求める大志であってはならない。
 名声という、
 つかの間のものを求める大志であってはならない。
 人間としてあるべき すべてのものを 
 求める大志を抱きたまえ。」

   このように訳すことが多いようです。


「大志と言われても現実離れしていて、
 近頃の若者の心に響かないのでは?」
と、
     お嘆きの向きもあるようだが。
全文をしっかりと読むとやはりいいメッセージ。





















2004年に北大に立てられた
「北海道大学予科記念碑 」にも
「大志を抱いて」とありやした。



















こちらは「古河記念講堂」
フランス・ルネサンス風の緑色のマンサード 屋根
両翼のドーマー窓が華麗に配置されている。


















マンサード 屋根とは「腰折れ屋根」とも言われる。
切妻屋根形状に勾配を更に急にした屋根のこと。

ドーマー窓は、
屋根上に設けられたさらに小さな屋根をつけた窓のこと。


古河といえば、
当時は足尾銅山を経営していた財閥。

鉱毒事件によって社会から
大きな非難を浴びていた。

その非難を和らげるため、
当時内務大臣であった 原 敬
古河財閥の顧問であった関係で、
政府に帝国大学創設費として
寄付された一部が北大の前身である
東北帝国大学農科大学に分配されたもので、
建てられた建物のうち現存する唯一のもの。



こちらは北大キャンパスを流れる
「サクシュ琴似川」


















かつてここを流れていた川で、
北大と札幌市が
2001年に再生させた。
札幌は扇状地の上にあり、
湧き水が豊かだった水の都だったそうです。

通いなおすなら北大かな(笑)
改めて「大志」を抱くのもワルくないかも。

   

  

2010年6月13日日曜日

サッポロの旅 ポプラ並木

北大のポプラ並木
大学の構内にある並木道。


前身の旧札幌農学校の農場内に
実習用に植えられたのが始まりで、
樹齢約100年にもなるそうです。

ポプラは、ヤナギ科ヤマナラシ属の 総称。
雌雄異株で春に花を咲かせるそうです。

























実は1959年に台風で
5本のポプラが倒れるなどして
無惨な姿になったことがあるそうです。



札幌市立桑園小学校5年生の
女子児童 が北海道知事にあてた手紙に
「私たちのポプラがかわいそうです。
 植え直してください。」
とあったそうです。


残念ながら2004年の台風18号でも
半数近くが倒壊してしまいました。
永らく「立入禁止」になっていたようですが、
近年 再整備されサッポロの風景は健在でした。


ウッドチップが敷かれ散策路のなかには、
クロユリの群生地が復活していました。
昔は北大のキャンパスにはたくさん
咲いていた花だったようで、
北大美術部の名は 「 黒百合会 」
名付けられています。






















時計台にもクロユリが花を
咲かせていました。
「恋の歌のクロユリが咲いてますよ
」って

なんのことがわかりませんでしたが、
1954年に 織井茂子 さんが
歌った「黒百合の歌」のことだと、
あとでググったらわかりました。


ポプラ並木の手前にあったのが、
” I wish to be a bridge across the Pacific ”
「願わくば われ 太平洋の橋とならん」
という言葉を残した 新渡戸稲造 像。























戦前の日本を代表する国際人・教育者。
樋口一葉に変わるまでは
「五千円紙幣」の肖像。


1881年に北海道大学の前身である
札幌農学校を卒業。
開拓使御用掛に席をおき
黎明期の北海道開拓に尽力しました。
その後、あらためて東京大学に入学。
アメリカ合衆国やドイツで見識を広めた国際人。


帰国すると母校の札幌農学校の教授として赴任。

1891年から7年間、
当時閉校の危機あった札幌農学校の
立て直しと学制改革に取り組み、
後の北海道大学の基礎を築かれました。

  

2010年6月9日水曜日

サッポロの旅 樽前山

















支笏湖ビジターセンターにあった
支笏湖周辺のジオラマ。

左手の山が樽前山」=「タオロマイ」っていう
アイヌ語が名前のルーツだとか。


でも
アイヌの人々は山に山そのものを指す
名前はつけなかったそうで、
「これこれという川の上流の山」
という名づけ方をすることが多く、
「川岸の高いところ」を示すコトバ。

江戸時代から明治にかけて航路となった
「北前船」がこの
「樽前山」を目印に
蝦夷地に目指したって話もある。
山そのものにはオフィヌプリ」
「燃える山」という名前があったようだ。

溶岩ドーム の活火山はまさに「燃える山」

















遠い昔の噴火により山頂が吹き飛び、
大きなカルデラの内側にプリン形の溶岩ドーム
湖面からもその姿がくっきりと。

日本では珍しい三重式火山だそうだ。
今でも有毒の火山性ガスがでているため、
立ち入りは外輪山までとなっている。























視界の広がりは湖面とは違った
支笏湖の表情をみせていた。


なかなか支笏湖観光でもマニアックなスポットだが、
レンタカーが月曜日に借りたってこともあって、
スバルのレガシーで楽しむことができたので、
支笏湖畔から20分走らせるて砂煙を立ち上らせ、
本格ダートコースで樽前山の7合目に着いた。



















実はここまでの山道も
5月末日から使えるようになったとか。
まさにタイムリー・・・・
約10分の山道を辿るとで展望広場に到着。




















展望台から溶岩ドームへの
登山道にはまだ雪が覆っていた。




















串状に雪を残し樽前山は、
荒々しい山肌をあらわしていた。

こちらは支笏湖畔にあった
リゾート ホテル しこつ湖 鶴雅リゾートスパ
「水の謌(みずのうた)」のスイーツたち。

















樽前山の溶岩ドームをイメージした
「たるまえ山シュー」(210円)は、
残雪残るサクサク・・・
オレンジ風味のカスタードクリームが。




















もう一つの不思議スポット
「苔の洞門」は、
溶結凝灰岩が侵食されて出来た
回廊状の涸れた峡谷。

崩落の危険性があり今は立ち入り禁止。
幻想的な空間を
楽しみにしていたのだけに(涙)。





















高さ10m以上の切り立った岩壁に
約30種類の苔が密生している
幻想的な回廊なんだそうだが。


スバルレガシー

運転ガンバってくれた後輩のお蔭で・・・・
大自然を感じるサッポロの旅ができた!!
実に満喫の三日間だった。
なんか遠い昔のように思えてきますが。

でもレポはまだ続きます。。。