2017年1月31日火曜日

大井川鉄道を愉しむ〜懐かしの電車たち

こちら大鉄!?
近鉄ではありません。
天浜線の翌日は
JR東海道線 金谷駅から、
大井川鉄道を愉しみました。
金谷駅の時刻表によると、
SLの発車は昼前。
まずは終点 千頭まで、
往復して“あぷとライン”も
乗るなら周遊きっぷが
お得と駅員さんから、
アドバイスを受け…

せっそ・すまた周遊きっぷ
2日間有効だけど…
1日でもお得感たっぷり。
SLが発着するのは新金谷駅
ほかの電車はすべて金谷から…
なつかしのフォルムの電車が
待ち受けてくれていました。
ズームカー”こと21000系電車。
南海電鉄マーク健在。
1958年(昭和33)に南海高野線の
急行・特急用として製造、
高野山への急勾配もヘッチャラの
時速110kmの高性能車。
ボディーには
帝国車両」の銘板。
ワンマンカー運転なので、
運転台も間近にみえます。
運賃表
南海でみかけたのは、
すべてフラットシート。
乗り降りには、二枚扉が
少々窮屈でした。
対面シートが健在。
2両編成の一つには、
車内自販機がありました。
ザンネンながら故障中(T_T)
始発駅では1両の扉は、
一つだけ開けられていて、
このドアコックで、
運転手さんが出発前に、
作動させてはりました。
普段は開けれれない扉です。
カラーリングは違いますが、
島根の一畑電車さん
3000系も兄弟分です。
しまねっこ号とともに…
実は大鉄を訪れたその日、
2017年1月22日に
一畑からは引退だったとか…
隣の新金谷駅では、
SLに繋がれる客車を含め、
いろんな電車に会えました。

東急、十和田電鉄を経て、
大井川にやってきた7200系は、
1968年製造のステンレス車。
豊橋鉄道でも現役だとか…
大井川の流れ…



途中駅でもうひとつの
関西私鉄のなつかしい顔。

近鉄南大阪線
いまなお活躍の16000系。
南大阪線はゲージ幅の狭い、
狭軌線なので旧国鉄の線路に
転用ということです。
SLでふたたび終点・千頭まで…
そちらのレポは次のブログにて。
帰りはすれ違った近鉄特急で。


特急の風格を留めていました。





大井川鉄道といえば…
きかんしゃトーマス!
そこかしこに見え隠れ(T_T)

ソニー・
クリエイティブプロダクツとの、
絡みがあって…オアズケです。

2017年6月より再スタートとか…
改めて観てみたいなぁ〜。

2017年1月30日月曜日

天浜線〜動く転車台へ


天竜浜名湖鉄道の最大の見所、
天竜二俣駅の転車台

転車台とは…
蒸気機関車が走っていた時代、
進行方向に向けるための
回転式の設備のこと。
両方向運転できる
機関車がほとんどなので、
姿を消しつつある近代化遺産です。

この駅には車両区があって…
この建物も文化財扱いですが、
まだまだ現役です。

ディーゼル車なので、
方向転換は実は、
必要はないのですが…

天浜線の転車台は上路式
機関車の重量を支える
プレートガーターが上にあるため、
掘り下げの深さが浅く済むのです。

モーターを動力源として
回転する「電動牽引機」。
なかなかの年代物で
鉄道省 昭和12年」とある。
いまや需要のない転車台なので、
長く使うにも修繕パーツが
なかなか手に入らないとか…
そのために代替パーツ用として、
JR九州から譲り受けたのがコレ。
分解してなんとか乗り切ろう!、
という算段なんだそうです。
ブレーキ装置はないので、
列車の運転と同じタイミングを
うまく合わせる必要があるそうです。

では…なぜディーゼル車なのに、
転車台が必要なのか???

天浜線は電化されないままに、
JR東海から引き継がれたので、
予算がありませんでした。

車両区もそのまま
引き継いだというわけで、
転車台とセットの扇型車庫
そのまま使っているということ。



扇型車庫の一番端に…
鉄道歴史館

マニアにはタマラナイ空間デス。



転車台が華やいだころ…

こちら加熱炉
SL時代の整備士は、
特殊な工具を作だったとか…
焼けた鉄を叩いて仕上げたそうです。

















こちら通票というもの。
「輪っか」は持ち運びのためのもの。

輪っかの下部にある玉が通票で、
●・▲・■などの種別があり、
列車運行の制御を握っていたと…
くわしくは通票のHPで!



今は懐かしい「硬券」の保管箱。
切符は今のように薄くなく、
硬い紙で出来ていました。
見学記念は硬券でした!!



こちらドクターイエローならぬ、
ドクター東海です。
線路と架線の点検車両ですが、
天浜線のチェックは線路のみ。
JR東海さんからお借りして、
気動車に押されて走るのだとか…
いつ走るのかはシークレットです。



おなじみ中川礼二さんも。



SLがあった頃の名残…
   運転区浴場
蒸気機関車にたずさわる人たちは、
いつも真っ黒だったので、
運転区にはかならずお風呂。

1940年につくられたもの。

そして高架貯水槽
蒸気機関車に必要なのは、
石炭と大量の水。
ここには70トン貯えられたとか。
ちなみにSLで一度に
14トン積み込むそうです。

6本のRC造脚。脚の部分は耐震化して
作り直されたそうです。

SLが残っていれば、
もっとお客さんを呼べたのに…
ガイドさんがとても残念そうに
話されていました。

天竜二俣駅前の公園にかつてのSL。



次は走るSLを!