2013年9月15日日曜日

鞆の浦めぐり④〜保命酒のふるさと


汐待ちの港 鞆の浦の「保命酒」。
その創醸は大坂生玉で開業していた
医師 中村壌平利時の長男の吉兵衛吉長が、
家伝の薬法を用いて製造販売したのが始まり。
万治2年(1959年)に
製造販売したのが始まりだそうです。
長崎から薬草が入り、大坂へと送られる。
絶好なロケーションが「鞆の浦」
だったということなのでしょう。
 
保命酒」は清酒とちがって、
餅米を主原料にした焼酎で製造した漢方薬酒。
これに十六種類の薬味が漬け込まれています。

中村家がにぎっていた専売権は、
明治に入って複数の業者に引き継がれて、
今でも鞆の浦のあちこちに看板が見られます。

鞆の津ミュージアム+Cafe」では、
保命酒の生キャラメルなんてのに。

兵庫県三田市にある
パティシエエスコヤマ」の
レシピで作られたものだそうです。

クールダウンに飛び込んで
小腹も満たしました(・ω・)v

ここのパンケーキは、あの
クラブハリエ」のプロデュースもの。
銅板で焼かれた生地は、
「中はふわっと
外皮はしっかり」でした。

なまこ壁のある路地を抜けると...

保命酒のルーツである「太田家住宅」。
主屋や保命酒醸造蔵など9棟からなっていて、
敷地の四方は道路で囲まれています。

江戸時代中期から後期にかけて、
保命酒屋「中村家」によって、
家業の隆盛とともに拡張増築され、
明治に入り「太田家」に受け継がれたものです。

幕末維新には、尊皇攘夷を主張する三条実美ら
7人の公卿が公武合体派によって
都を追放され長州に下ったおり鞆港に入り、
保命酒屋に立ち寄ったのだそうです。
長州より再び上京した時も、
主屋と別宅に宿泊したとか...
鞆七卿落遺跡」の名で知られる所以です。
西国名所図絵「鞆の浦」