2012年1月15日日曜日

虎次郎おとなの散歩 東福寺のトイレとバス

東福寺は禅宗のお寺…
多くの修行僧の生活があった。
生きるために避けては
通れないコトも修行だった。


お風呂にあたる「浴室」と
トイレの「東司(とうす)」が、
どちらも重要文化財に指定されている。

浴室」は室町時代の
 1459年に建てられたもの。





説明板にはこうある…
「禅宗伽藍の現存最古の浴室である。
 現在でも使用できる程現代的な
 システムが採用されている。
 所謂「サウナ風呂」である。
 当時は100人単位の僧侶が修行していた。
 沐浴に「お湯」を使用すると膨大な量となる。
 当然お湯を沸かす貴重な水はもとより、
 水を沸かす薪の量も多く、
 東山三十六峰の山々が
 禿げ山になる可能性がありました。
 そのためお湯ではなく
 「蒸気」で体の垢を
    ふやかし擦り落とすことで、
 お湯の使用量を格段に節約し、
 自然を大切にしたのである。
 今で云う「エコロジー」の精神である。
 自然の中に人間は生かされ、
 自然に感謝して生きる。
 禅の中には人間のみのエゴを捨て去り、
 地球規模での輪廻を詠っているのである。


 構造は、東側に破風の二つの蒸し風呂が並び、
 各々板戸を立てている。
 後方に釜や焚口があり、
 蒸気を簀の子を通して下から送る。
 大きさは、桁行三間梁間四間、
 一重正面入母屋造り・背面切妻造り、本瓦葺き。
 内部は正面板敷きの上に中央向唐破風。」


明治時代まで使われていたという。
100人の僧侶たちは入るときは敷物を
持って行ったそうだ…
実はそれが “ 風呂敷 ” の元になったとか。


こちらは「東司」...




トイレに行く時間も決まっていた。
それは、
一度にたくさんの人が使える
   トイレが必要ということ。



百間便所とも百雪隠(せっちん)と呼ばれる。
座禅場の隣にはかならず
  「東司」があったという。
禅宗叢林の便所では日本最古最大で、
現存しているのはここだけ...



清潔を保つために、
奥にはカマドが設置されていて、
お湯を沸かして
手などを洗っていたのだそうです。












それにしてもここの説明板はオモロイ。
「当時の排出物は貴重な堆肥肥料であり、
 京野菜には欠かせない存在となっていた。
 京都の公家、武家、庶民の台所を
    おいしい野菜で潤した。
 叢林としても現金収入の大きい糧と
   なっていたと云われる。


なぜか、壷の中に今では小銭が見える。

観光客たちのウンが付くとの願いによって、
今なお現金収入を得ている場所なのかも。




ところで、
西方浄土に対して「東司」なのか???


禅宗が盛んになったのは、
鎌倉時代だけど...
そのことに意味があるのかも。
当時の「東」といえば幕府のこと、
諸策を考える場として
トイレが使われたことは古今東西を
問わないのかも知れない。
「西浄」に達するためには、
「東司」がなされてから、
という意味なのかも知れません。