2014年11月15日土曜日

ながさき洋館めぐり 旧リンガー住宅

旧グラバー住宅の隣に立つ、
グラバー商会に勤めていたイギリス商人
フレデリック・リンガーの住宅。
「イギリス商人フレデリック・リンガーは1868(明治元)年、
29歳の時に、グラバー商会を退社。
イギリス人E・Z・ホームと共同でホーム・リンガー商会を設立した。
茶の製造輸出、製粉、ガス、発電など事業に加え、
スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの名誉領事にも就任、
長崎市の上水道敷設や、捕鯨業、わが国初のトロール漁業にも携わった。
1907(明治40)年に、一時帰国中に亡くなった後は、
次男のシドニー・アーサー・リンガーが昭和初期まで住んでいた。」
(『洋館さんぽWEST』2010年,インク・インコーポレーション)より
屋根を支えている角柱は
熊本県天草市の「下浦石」が使われている。
庇の天井部分は例の少ない
格子天井」になっています。

グラバー邸と同様の
南欧風バンガロー洋式で、
周りがベランダで囲われています。
施工はその前に建てられたオルト邸と
同じ石材などが使われていることから、
小山商会あるいは天草出身の棟梁、
小山秀之進が請負ったとみられています。
こちらは、住宅横にあった門柱...
もともと現在の松が枝町にあったもので、
フリーメイソン・ロッジ(支部)出入口の石柱。
フリーメイソンとは中世期に一定の組合に属さず
自由に仕事の契約を結んで歩いた
「メイソン(石工)」を指したもの。
のちにそれら熟練石工の組合を母体に
相互扶助、博愛、平等などを主義とする
政治的で宗教的な面をも持つものへと変化した
英国を発祥とした組織のことなのだそうです。
柱頭の彫刻はフリーメイソンのシンボル、
コンパスと定規を組み合わせた意匠。
内部へ…
左右に正面側が台形状に突き出した
「応接室」と「居間」があります。
「居間」マントルピースの上には、
当時使われていた「飾り燭台」と
大理石が使われた「舶来置時計」。
こちらの「有田焼大鉢」は、
リンガー氏が洗面器として使用していたもの。
リンガー氏が1898年に大浦海岸通りに建設した
ナガサキ・ホテル」は、
当時アジアの一流ホテルとして名を馳せたとか。
こちらが「応接室」。
こちらは「寝室」の
マントルピースやったと思います。
大きな飾り台が置かれている食堂には、
1890年代でアメリカで製造されたという
大きな円盤式の
ポリフォン・ディスク・オルゴール
なるものが置かれていました。
鎧戸から長崎港を眺めると...
豪華客船の姿が見えました。

「旧リンガー住宅」
建築年:1868〜1869(明治元〜2)
構造:木骨石造、平屋建、寄棟造桟瓦葺
設計:不明
所在地:長崎市南山手2番地(→グラバー園内)
【国指定重要文化財】