ながさき洋館めぐり 旧長崎大司教館
グラバー園から坂を下っていったら、
大浦天主堂があると記憶していたのだが、
見えたのは切妻の煉瓦壁...
修学旅行のときは先に大浦天主堂を見たので、
逆コースだったのであまり記憶がなかった。
大正初期に建てられた旧長崎大司教館で、
今は「長崎コレジオ」と呼ばれている。
コレジオとはポルトガル語のcollegio。
英語でいう
カレッジcollege というコトバ、
カトリックの司祭を目指す
学生が学ぶ神学校である。
北側は煉瓦造りの切妻屋根なのだが、
大浦天主堂への階段の手前から見ると、
東側の側面は二階建てのヴェランダと
バルコニーを持つコロニアル風。
神学校なので内部非公開。
フランス人 マルク・マリー・ド・ロ神父と
鉄川与助の共同設計と伝わる。
ド・ロ神父は布教活動とともに、
出津教会、大野教会などの
建築も手掛けた人だが、
この司教館の工事中に
事故で亡くなったため、
この建物が神父の遺作だという。
建物は、傾斜地を巧みに利用した
一部地下1階を持つ地上3階建。
構造は煉瓦造を主体に
木造がアクセントを添える。
鉄川与助(1879 - 1976)は、
コレジオとはポルトガル語のcollegio。
英語でいう
カレッジcollege というコトバ、
カトリックの司祭を目指す
学生が学ぶ神学校である。
北側は煉瓦造りの切妻屋根なのだが、
大浦天主堂への階段の手前から見ると、
東側の側面は二階建てのヴェランダと
バルコニーを持つコロニアル風。
神学校なので内部非公開。
フランス人 マルク・マリー・ド・ロ神父と
鉄川与助の共同設計と伝わる。
ド・ロ神父は布教活動とともに、
出津教会、大野教会などの
建築も手掛けた人だが、
この司教館の工事中に
事故で亡くなったため、
この建物が神父の遺作だという。
建物は、傾斜地を巧みに利用した
一部地下1階を持つ地上3階建。
構造は煉瓦造を主体に
木造がアクセントを添える。
鉄川与助(1879 - 1976)は、
長崎県を中心に数多くのカトリック
の教会堂建築を手がけた棟梁であり建築家。
五島列島や遠隔地にも彼の作品が点在するとか、
ぜひ「世界遺産」で混み合う前に抑えておきたい。
「旧長崎大司教館」
→長崎コレジオ
建築年:1914年(大正3)
構造:煉瓦造3階建
設計:ド・ロ神父、鉄川与助
所在地:長崎市南山手町5-3