2014年11月14日金曜日

ながさき洋館めぐり 旧グラバー住宅

「旧グラバー住宅」
商人グラバーが商談する
場所として建てたようです。
明治に入ってからは
住宅用として増改築が繰り返され、
日本人妻のツルさんの部屋が設えられました。
日本最古の木造洋風建築でもあります。
初期の建築時からある応接室。
もしかすると幕末の志士が商談で
このテーブルを囲んだのかも知れません。
「安政の開国と同時に長崎に渡り、
イギリス人貿易商としてグラバー商会を
立ち上げたトーマス・ブレイク・グラバー。
幕末には鉄砲や船を調達する武器商人として知られ、
薩摩藩や長州藩の志士を留学させるなど、
日本人と深く関わっていった。
明治に入ると炭坑事業や修船場の建設など
日本の近代化にも大きく貢献し、
晩年は三菱の終身顧問として横浜で過ごした。
1908(明治41)年には外国人として
最高の勲二等旭日重光章を授与され、
その3年後、73歳で亡くなった。
今は長崎の新坂本国際墓地に眠っている。」
(『洋館さんぽWEST』2010年,インク・インコーポレーション)より


主屋と付属屋は
ベランダ・コロニアル・スタイル。
建物の周囲をベランダが巡らされ、
玄関を設けずにベランダから出入するという、
数多い洋風建築の中でも異彩を放つ存在は、
バンガロー風様式」とも呼ばれている。
各室の多角形部分の壁面には床までとどく
フランス窓」が美しい。


瓦葺きの扇形屋根...
アーケードのアーチの上は、
風通しを良くするために5㎝幅くらいの板が
斜めに木摺り状に付けられ、いかにも涼しげ。
アーチの頂にはあたかも要石のような
楔形の板」が貼り付けられている。
その一方で、
大棟や隅棟の先端部には鬼瓦が付けられ、
これこそ「和洋折衷」というべきもの。
ベランダが廻らされた部分の外壁は漆喰壁で、
建築を任された天草の大工の棟梁、
小山秀之進の技がそこかしこにみえる。
天井付きの石畳の低いベランダ。
窓の幅より広い扁平の
櫛形アーチの「ファンライト」。
ファンライトは同心上に小さな櫛形アーチと
放射状に伸びる3本の桟が組み込まれて中に、
ガラスが嵌め込まれているというイイシゴト!。
こちらは、
応接室と大食堂の間にある「温室」。
建築当初は建物の内部に廊下がなく、
ベランダを通路として使っていたが、
1877〜1887頃に住宅へ改修された

用途不明の小部屋
天井上に発見されています。
鏡で天井裏が見えるようになっていました。
龍馬が隠れていたのかも知れません・・・
流し台カマドもありました(・ω・)v
こちらはアイスクリーム製造機とか・・・

グラバーはかつて敷地内の庭にあった
一本の老松にちなんでこの建物を
Ipponmatsu(一本松)」と
呼んでいたとか…
松の木は強い海風で枝や幹が
曲がりくねっていたことから、
方言で「よんご松」とよばれて、
長崎市民に親しまれていたそうです。

「旧グラバー住宅」
建築年:1863年(文久3)
構造:木造平屋建、寄棟造桟瓦葺、
設計:トーマス・ブレーク・グラバー
所在地:長崎市南山手3番地(→グラバー園内)
【国指定重要文化財:主屋・附属屋】