2007年8月7日火曜日

「蝦夷地飛んでけトンデケ屯田兵」その5

「蝦夷地
 飛んでけトンデケ屯田兵」
 その5 硫黄山


















アイヌ語でアトサヌプリ(裸の山)と言われている
硫黄山」は噴煙を上げ丸裸の山肌がむき出しになっています。
標高は521メートルで、
約600年前に現在の姿になったそうで、
山頂の熊落しと言われる深い谷は、
約300年前の 爆発でできたものです。

硫黄山前の駐車場に入ると、
硫黄特有の臭い「ゆでたまごの腐ったような臭い」が。。。
でも、ゆでたまごを腐らせたことなんかないので、
虎次郎にとっては「硫黄の臭い」そのもので、
「ゆでたまごって腐ったらこんな臭いになるの?」と、
            いつも不思議に思っています。

その「腐った臭いである」
硫黄と水蒸気が噴出する
噴出口に置かれた、
玉子は
しっかり茹でられた、

とても美味しい

ゆで玉子」でした。





















1877年から安田財閥の安田善次郎は、
硫黄山で採掘した硫黄運搬のための
安田礦山鉄道 標茶(しべっちゃ)〜跡佐登間(あとさぬぷり)
 
の約42kmに経営者の名に因んで
   「進善号」と呼ばれる機関車が走らせた。


硫黄運搬の他に本州方面から船で釧路に到着した人々を
北見方面に継走する目的もあり1913年、
釧路鉄道と名称を変更して営業されました。
しかし、
世界的な硫黄相場の下落や硫黄山の資源の枯渇などにより、
1917年8月1日営業が休止されたそうです。


鉄道跡地は
今では「青葉道路」と言われ、
新緑に・紅葉期に空を覆う
木の葉のアーチが素晴らしいんだそうです。