2010年1月27日水曜日

京の冬旅「醍醐寺」

京都の非公開文化財特別公開
やっぱり龍馬にのっちゃう??
テーマは
「幕末と世界遺産に出会う冬」

醍醐寺に行ってきました。
「京の冬の旅」初公開は、
   霊宝館の部分です。


















秀吉の醍醐の花見でも有名なので、
桜の季節はとっても混むんだろなぁ〜。
       と思いつつ。



















霊宝館中庭の枝垂桜は
樹齢180年以上。
「醍醐の花見」
1598年3月15日。
畿内各地の桜
700本が集結。
当日に開花する木だけが
   選ばれたそうだ。


「醍醐花見図屏風」
(部分/国立歴史民俗博物館 蔵)




「醍醐の花見」秀吉の最晩年のビックイベント。
正室や側室、嫡子の秀頼、
配下の武将に留まらずなんと招待客は1300人。
まさに「豊臣カンパニー」の
ご家族招待の大花見パーティーだった。


実は花見前日は猛烈な風雨に
さらされていたのだそうだ。
当日は絶好の花見日和。
愛でるのは桜だけではない
女性たちには2回の衣装替えが
命じられていたようであった。
まさに夢のまた夢だったようだ。

実は花見の華やかさとは対照的に、
朝鮮出兵で苦戦を強いられていて
暗いムードが漂う時勢でもあった。


秀吉はこの気晴らしの花見の5ヵ月後に、

その生涯を終えることになった。

実はワイワイと酒宴を楽しむ花見が、
現在のような形になった先駆け。


江戸時代中頃になると花見団子が登場し、
花見が大衆文化として広まるのである。




















醍醐寺の本坊的な存在である
「三宝院」は歴代座主の居住する坊。
ここの庭園は「醍醐の花見」を契機に、
設計された桃山風庭園。
庭のなかには秀吉を祀る社
  「豊国大明神」がある。

豊臣秀吉五重塔の修復金堂の再など、
醍醐寺秀吉は切っても切れない存在だ。


とにかく凄い庭。
撮影ができないのが
ホントに残念だが。
「静寂」「躍動」
   入り交じる。


京都市都市緑化協会のHPより



表書院より眺めて
庭の中心にあるのが「藤戸石」
実はこの石は秀吉の居館であった
聚楽第(じゅらくだい)にあったもの。
その前は織田信長の二条第 のものだとか。















秀頼の再建による西大門を入ると
醍醐寺の本尊が祀られている金堂、
そして醍醐天皇の菩提を弔うために、
第一皇子である朱雀天皇が
 936年(承平6)に着工し、
第二皇子の村上天皇の
 951年(天暦5)完成の
   国宝 五重塔が聳える。

塔の高さは約38mで相輪が約13m。
相輪が 塔の三分の一を占めている。
ちたみに京都の東寺の五重塔が最高
  54.8mの高さを誇っている。

特別公開されている霊宝館の仏像棟では、
「旧四天柱」も見ることができた。
そこにはうっすらと色彩が残っていた。




















醍醐寺境内の
雨月茶屋でたべた
「三宝」
天ぷら蕎麦に
胡麻豆腐
右上のは
湯葉ずしだ!!