日本人の嗜好をさぐる⑥ 桶と樽


《冨嶽三十六景 尾州不二見原》
 葛飾北斎


今ではあまり
みかけない桶と樽
桶、樽と呼ばれるものは、
木工技術から見ると
結物(ゆいもの)です。
桶は板を縦に並べ底をつけ、
そしてタガで締める。
樽は固定した蓋をプラス。

《江戸名所百人美女 墨水花臺》
 歌川豊国

でも…もともとは別のもの。
桶の語源は「おのけ」。
苧(を)を入れる笥(け)」、
苧とは麻から撚った糸、
それを入れておく器のこと。

《誠忠義臣名々鏡》
 歌川国芳


一方で樽は「ものが垂れる」、
垂(た)り」からきています。
樽の字は木偏に尊いで、
神に捧げる入れもの」の意。

天の岩戸の前で天鈿女命
「おけ」を踏みとどろかした
話がありますが…
「をけ」ではなく「うげ」、
「宇気槽」と呼ばれる別物です。

《攝津名所圖會》より
 池田伊丹の酒造


人は生まれたら桶に汲んだ
産湯に浸かって、
死んだら棺桶に入ります。
慶弔に欠かせない酒は
多くは樽で運ばれました。
桶と樽は日本人の生死と
ともにあった存在でした


『富岳百景』より 跨キ不二

 葛飾北斎

ただ…かけがえない存在が、
引き継がれているもの、
醤油とウイスキーの製造。
共通するのは、いまだ科学的に
未解明な点があるということ。

《名酒うり樽介 実は津の国妾之狐
 沢村源之助》
 歌川豊国

バーボンには、
新樽しか使えない』という
定義があるそうで、
1回使用したら廃棄するとか。
引き取ってバラして組み直す、
1回使われていると、
木のえぐみが消えて
ウィスキーの熟成に
向いているとも…

『職人歌合画本』より「結をけ師」

樽の真ん中が
膨らんでいるのは、
転がしやすくするため。
樽は貯蔵庫で乾燥と
収縮を繰り返す…
徐々に箍が緩んできます。
たが が外れる」という格言、
それまでの秩序が失われること、
緊張を解いて羽目を外すこと

「たがの締め直しは勘です。
 締めがゆるければ漏れるし、
 やりすぎると
 割れてしまいます」


『富岳百景』より 大井川桶越の不二
 葛飾北斎


はじめに紹介した
《冨嶽三十六景 尾州不二見原》
イマの名古屋市中区の
富士見町のことを指すのですが、
富士を構図にいれるのは…
ちょっとムリがあるようでして。
永らく富士山だと信じて、
疑わなかった大樽にみえる山、
南アルプスの聖岳あたりが、
正しいようですね。


※このブログは生活史研究家の小泉和子さんが
 2000年に著された『桶と樽—脇役の日本史』を
 参考にしました。

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