2009年7月1日水曜日

三業相応・・・・・

歯に衣着せぬというコトバありますね。
おそらくたくさん語数を使う人間は、
「しゃべりすぎ」でドツボにハマることが
   往々にしてあります。

思っていることをそのまま口に出したりしていたら、
社会生活ができなくなる。。と思う時もあります。
仏教では、身体と言葉と心をセットにして、
「三業」といいます。

その三つがいい感じにバランスをとれている時が、
 「三業相応」という状態だと考えられています。
まさに仏教が目指す心身の状態がこれにあたります。



「月刊島民 中之島」という
ミニコミ誌のコラム、
釈徹宗(しゃく てっしゅう) さんの
 「続・中之島辻説法」
   あったコトバです。






虎次郎は仏教の信者ではありませんが、
月に一回 
いわゆる月まいりでお坊さんが来られます。
仏壇のある部屋を「仏間」と呼んでいます。


「態度や行い」、
「語る言葉」そして「内面や思い」を
 一致させることは容易なことではありません。

手紙と違ってきっちりとした文字が伝わってしまう、
メールで思いを伝えるということは、
ときどき本当に難しく「態度」が伝わらないことで、
     バランスがくずれてしまいます。


おそらく 思い入れが 強すぎるときに、
もともと
「二業」で伝えるのは難しいと・・・

ところで、仏教の言語に
「アヌカンパー」という言葉があります。
この言葉の訳は「憐憫(れんびん)」とか
  「哀れみ」があてられるそうですが。

「アヌ」とは
  「何かに一緒になって」
とか「何々に従 って」
「カンパー」は「震える」というような意味です。
相手の振動に共振するという意味です。

相手が悩んでいたり、苦しんでいたりしたら、
その相手と一緒に震えるということ。
喜んだり、楽しんだりも含めて共振 ” できる
        存在でありたいと願います。



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