2018年1月28日日曜日

ザ・船場な戦後ビル㉙ 土佐堀川を背に

「船場」って…
いったいどこを指すのか?


地名の由来は2004年発行の
『大阪ことば事典』によると、
古く難波津の頃、
 この辺が 船着き場
 であったろうとする」、
これが最も妥当な説とされています。

船場センタービルのHPによると、
北は土佐堀川から南は長堀川、
東は東横堀川から西は西横堀川。

萬成ビル
 中央区北浜3丁目1−12

船場最北の土佐堀通沿い。

中之島からみると
土佐堀川リバーサイド。

1956年の竣工で、
設計施工ともに
藤中組建築工業所。

ビルメンテナンス・貸ビル業の
萬成商事㈱さんのビル。

もとは
桜根病院」だったとか…
どんな病院だったのか?
よく分かりませんが…

黒御影石…面構えから、
元証券会社かと思いました。



窓枠にも堅強な感じ。





対象的な外観は、
土佐堀川からもほぼ同じ。


日本文化会館ビル
 中央区北浜2-1-23

竣工年については、
おそらく1970年ごろ。

関西棋院は以前はここに、
今は中央区北浜1-1-14
北浜一丁目平和ビル」に
移されています。

エレベーターホールは、
白い大理石?貼り。

エレベーターの塔屋がついて、
最上階だけバリエーション。

1階に「&ISNAD」さん。

土佐堀川沿いのカフェは、
2011年3月の規制緩和で
誕生した「川床」が設置、
北浜テラス」がソレです。

※東京大学公共政策大学院特任教授
 辻田昌弘さんの
「「新しい公共空間」がもたらす 
官と民、国と地方の関係の変容」より転載


つねなりビル

隣りのガラスウォールのビル、
1997年10月に建替えられたもの。

大正初期(1913年)築の
赤レンガの2階建の洋館写真館


中之島から見ると「」??
つねなりスタジオ」を
表す「つ」なのです。

幅員はそのままです。

土佐堀通側には大顔面??、
ライオンの彫刻なんだそうです。
かつての代表者 恒成一訓さんは、
建築写真の分野で活躍されました。
日本庭園やアンコールワットなど、
活躍ぶりがよく知られています。


ヤマニビル
 中央区北浜2-1-17

茶色のタイルに連続窓のサッシ。



定礎は1973年1月。

ヤマニビルの銘板は、
掲げられますが…

北浜ビジネス会館の玄関サイン。

テナントビルではなくて、
いわゆるレンタルスペース
として貸し出されています。

階段の奥にエレベーター、
9階建てですが1機のみ?

2階へ

地階もあるようです。

1階は2017年1月オープンの
MOUNT - Kitahama」さん。

揚げパンが美味しいカフェ、
としてSNSで評判です。
テラス席も人気とか…

MOUNTのサインが
アルミサッシにマッチ。


名紡ビル

厳密にいえば2つのビル。
オーナーさんが別々だとか…

東側のビルだけに屋上に
構築物があります。

こちらも「北浜テラス」あり。



北浜清友會館

1947年藤本セイ氏が
大阪財界有志の支援で、
備後町に清友倶楽部を
設立したのがルーツ。

1953年5月に
㈱北浜清友会館となり、
現在に至ります。


1988年10月に完成した
このビルは総工費7億円、
地下1階、地上9階の
鉄筋コンクリート造。

いまなお全館入居の
稼働率の良さは、
クオリティーの高さに
よるものなのでしょう。

正面にはガラスブロック。

日本綿業倶楽部をはじめ、
西宮高原ゴルフ倶楽部など、
食堂運営の委託も担われる
そんな会社です。

北浜の大証まで、
たどり着きました。