2017年11月1日水曜日

日比谷ぷらす 日比谷公会堂


日比谷といえば…
日比谷公会堂」ですね。

東京で暮らす人にとっては、
世代を問わず馴染み深い建物。
「大阪市中央公会堂」の
赤レンガ建築とは違う、
モダンゴシックとも言われる、
とてもシャープな
印象を与えていました。
実は「日比谷公会堂」として
お馴染みではあるのですが、
時計塔がある部分は「東京市政会館」。
1920年(大正9)に東京市長になった
後藤新平が結成した市政調査会という
研究機関の事務所だったところ。
80年経った現在も、
2つの役割を同居させているという、
とても価値のある建物なのです。
市政会館のエントランスホール、
当時流行のスカイブルーのタイル。
昭和初期のモダンさが
堪能できるポイントが、
そこかしこに見られました。

現在は市政専門図書館という、
役割を果たしています。
当初からエレベーター、
暖房・換気装置、防火装置、
メールシュートなどなど、
電話設備に至るまで最新鋭の設備。
世界でも最先端を行く
オフィスビルとして誕生しました。
「賃貸先は公共性の事業を
 営むものとすること」が入居条件、
現在も財団・社団法人17が
そのテナントとして使用しています。
東京市政調査会が建設要項には、
この建物が「二個の供用目的を有」
することに加え、
「地上6層以下。
 ただし別に時計塔を設置すること」
との細目が指定さていたそうです。

早稲田大学工学部教授であった
佐藤功一さんの設計案が採用、
すぐに実施設計にかかったのだが…

建設予定地が
公園内であることなどを
理由に建築認可が難航し、
最初の申請から丸4年を経過、
許可にこぎつけるまで、
設計案が大きく変更したとか。

基礎工事に着手直前に、
あの関東大震災が発生。
軟弱地盤とされたこともあって、
18メートル余の松材坑木を
2200本も打ち込んだ上に、
鉄筋組みの基礎にコンクリートを
流し込む工法を2年がかりで実施。

そのおかげもあって、
今も地盤沈下が目立つ地域ながら、
建物にはほとんど影響が
ないということだそうです。



建物全体を印象づける時計塔、
竣工直後から日比谷周辺の
ランドマークとして愛されてきたもの。
親時計は地下に置かれ塔頂の機械と
電気で接続されていて、
時刻を四面の針に伝えています。

市政会館内部のあちこちに
置かれている子時計の中にも、
親時計と連動しているそうです。

愛陶家であった佐藤は
タイルやテラコッタにこだわり、
大阪や名古屋の工場へ幾度となく
出向いて貼り合わせる
高さや角度を工夫し、
光線による陰影を調べたそうです。



佐藤のこだわり
満載の渋谷公会堂。
外壁や内装の改修がおこなわれ、
保存へ向けてのプロジェクトが
着々と進行しているようとか。

往年の輝きを取り戻しつつある
東京名建築がこれからも
末永く親しまれることを、
望みたいと思います。


「東京市政会館、日比谷公会堂」
竣工年:1929年(昭和4)
設 計:佐藤功一
構 造:鉄骨鉄筋コンクリート造
    6階建て、地下1階
【東京都選定歴史的建造物】

このブログは三幸エステート株式会社さまの、
都市の記憶~歴史を継承する建物~
機能美と恒久性の総合―“素材の個性”を追究する建築理念
 市政会館・日比谷公会堂 
を参考にしました。