南海ホークスをたずねてvol.4 球史にのこるスタヂアム
大阪球場でのプロ野球の初試合、
1950年9月17日のこと。
この日はダブルヘッダーで、
第二試合の南海-東急。
東急フライヤーズの大下弘が
“球場第1号HR” を打っている。
翌18日も西鉄-東急戦、
南海-大映戦のダブルヘッダー…
第1試合が長引いたこともあって、
第2試合は午後4時開始となり、
7回で1対1だったが日没コールド。
審判団の宣告にファンが激昂、
「ゼニを返せ」と外野席から
グラウンドになだれこんだ。
球場側は警官隊を導入したとか…
開場早々のイメージが尾を引き、
大阪球場は“騒動の球場”と
呼ばれるようになるのです。
タイガースの試合でも大もめの
ゲームが大阪球場で起きました…
1953年7月23日の阪神-巨人戦、
5対2とリードした9回裏阪神、
一死二塁から金田正泰の大飛球。
“抜けた”と思った二塁走者は
ホームへ走ったが、
山下実線審のジャッジは、
与那嶺捕球、そして…
二塁返球ゲームセットと判定。
多くのファンがグラウンドに
なだれこんで大暴れとなった。
翌年にも再びタイガースの試合、
「大阪球場事件」と呼ばれる
7月25日の阪神-中日戦。
延長10回裏、連続試合出場の
藤村富美男が退場宣告を受ける、
松木謙治郎 監督が主審を
投げ飛ばしたりして大騒ぎ、
大群衆がグラウンドを占領…
鈴木セ・リーグ会長が午後11時、
「阪神の放棄試合」とした。
1963年8月29日
南海-阪急の試合開始前…
雨で水がたまったグラウンドに
ガソリンをまき、火をつけたとか…
暴動で火がつけられた訳ではない。
この整備方法は、
阪神園芸さんもやっていたもの。
1928年の第14回大会準決勝、
高松中vs松本商の一戦の前。
前日まで2日連続の雨で、
3日目になって天気が回復。
甲子園史上初めて、
グラウンドにガソリンが
まかれて火がつけられた。
ただ…
見た目のインパクトとは裏腹に、
実際の効果はいまひとつ。
グラウンド表面の熱気が
地下の水分まで吸い上げ、
かえってコンディションを
悪化させてしまったという。
球史に残る一戦としては、
1979年11月4日の
「江夏の21球」が筆頭かも…
近鉄の石渡のスクイズを
瞬時の判断で外したという江夏豊。
伝説となった一戦でもありますね。
実はこのときグランドには、
静かに降り続く秋の雨が
ポツポツと落ちていました。