ウチナー・グスクを征く② 勝連城その2


城壁に沿うように石階段は、
右側から旋回して上る構造。
途中までは遺跡の保護のため、
アプローチのための

木製階段が付けられています。

階段を急勾配にすることは、
侵入者の体力を消耗させます。
霧雨だった雨脚がどんどん
激しくなりました。

なぜ右旋回?の答え、

ガイドHPでも
見つけられませんでしたが、
おそらく弓は引手も刀も右手
攻撃側の使い手は壁側になります。

そうこんな感じですね。


いにしえの争いによって
カタチづくられたフォルム、
勝連城の美しい曲線の由縁です。
青空の絵葉書より…

三の曲輪 城門

礎石と壁には“ほぞ穴”、
四箇所のくぼみがあります。

四本柱で屋根を支えた四脚門
あったと考えられています。

想像図には瓦屋根、
東京大学の通称“赤門”と
同じ16世紀以降の
寺門に多く見られる
薬医門に通じます。

門を越えると三の曲輪。

肝高(きむたか)の御嶽

王国時代から続く

ウマチー」という
年中行事の拝所(うがんじゅ)

神人(かみんちゅ)と呼ばれる
女性祭司の腰掛けた、
トゥヌムゥトゥという石列。

以前は…
ウマチーの際に神人たちの前で
若者が「イユコーイミソーリー
と呼びかけて回ったとか。
イユコーイミソーリーとは、
魚を買ってくださいの意味です。

すり鉢状に掘り込まれた遺構
直径7.5m程の水を溜める
施設は発掘調査によって
発見されたもの。

なんのために
存在していたのか?

謎に包まれたスポットです。

もうひとつ上には二の曲輪…
三の曲輪との境の基壇は、
石灰岩切石積によるもの。
南側では約2m奥に入っていて、
長い歴史の中で、少なくとも
二度の建て替えがあったと
考えられています。

二の曲輪への傾斜階段
城内の水はけを
良くするための工夫の一つ…


「勝連城の階段の多くは
 踏面が傾斜しており、
 足が滑りやすく、
 大変上りにくい

 構造となっています。
 これにより、敵軍の突進力を
 減退させることができました。」

実は…登城するときは、
大丈夫だったのですが…
雨で滑って大転倒(T_T)

親指の爪が割れて大出血 (TдT)
折れたかと思いましたわ(汗)


※このブログは世界遺産勝連城跡サイト
 参考にしています。 

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