2016年7月8日金曜日

ひろしまのへいわ③ 村野藤吾のひろしま


丹下健三村野藤吾
戦後日本の建築史をたどれば、
かならずでくわす二人。

丹下健三の「平和資料館」、
そのライバル村野藤吾が
「ひろしまのへいわ」の造形を
担ったことは余り知られていません。
観光客はあまり訪れない場所、
カトリック幟町教会

世界平和記念聖堂」。

定礎石には、
1950年と刻まれています。

鉄筋コンクリートの骨組み、
それを埋める粗いブロック面

無骨さが、丹下健三
対抗しようとしたものなのかは、
よくわからないところ。

教会なのに鳥居のようでもあり。

橋掛かりに、
水のない川は石庭にも見えます。

教会なのにいきなりの格天井



丹下が桂離宮にヒントを得て、
柱梁の構成で日本を表現したとか。
村野のあえての曲線が興味深い。

原爆投下後の広島復興計画に、
ほぼ同時に二つの大きなコンペ、
それが世界平和記念聖堂と
平和公園だったそうです。

審査の結果、記念聖堂は一等なし
二等には井上一典と丹下健三。

平和公園は丹下健三と決まったから、
記念聖堂は一等なしで、
審査員の一人であった
村野藤吾の設計で進められます。

コンペの基本的な条件はコレ。
・日本的な性格を尊重すること
・健全なモダン・スタイルであること
・外観、内部とも宗教的な印象を与えること
・記念建築としての荘厳性をもつこと

「不十分な出来だが、
 10年後には少しは
 見られるものになるでしょう」と、
村野の言葉が残されています。





丹下の「ひろしま」は時を経て、
変更を余儀なくされていますが、
村野は補修はされているが、
なにごともなかったかのように佇む。

資材の乏しい時代に、
資金不足を乗り越えて、
創意工夫のたまものである。


※世界平和記念聖堂のブログは、
広島大学工学部教授 石丸紀興 著
世界平和記念聖堂―広島にみる村野藤吾の建築
相模書房 1988年 を参考にしています。