2016年7月26日火曜日

いざ江之子島政府へ① enoco

大阪府の中心はもっと
大阪湾沿いにあったそうな。
第4代大阪府知事の渡邊昇、
「必ずや大阪は西に向かって発展し、
 天保山を玄関とする殷賑なる
 大大阪が出現するよう、
 この場所(江之子島)が
 その中心あるべきだ」※と。
[『大阪府写真帖』より旧大阪府庁舎]

大阪で2番目に建てられた西洋建築、
金色に輝く玄関の菊の御紋を仰ぎ見、
「江之子島政府」と呼んだそうです。

いま跡地に建っているのは、
1938年(昭和13)建築、
「府工業奨励館附属工業会館」
府庁舎は大正初期に増築されたが、
やはり狭隘のために1921年に、
大手前の地に新庁舎建設が議決。
ただ地元や大阪商工会議所などが、
民間払い下げ反対運動を起こす。
旧大阪府庁舎は改装されて
1929年から「大阪府工業奨励館」
として再出発…
ただ本館部分は大阪空襲により
焼失してしまったのです。
いまは… “ enoco ”こと、
「大阪府立江之子島
  文化芸術創造センター」に。
「府工業奨励館」は
工業技術者養成をしていた場所、
戦後も「府産業技術総合研究所」に。
産業振興の発信地であり続けます。
「アートと言っても幅を広く持ちたい。
 デザイン、建築、あるいは
 土地計画やまちづくりなど、
 大阪という都市を魅力的にする
 クリエイティブな活動であれば
 何でも取り組んでいきたい。」※
センターの運営に携わる
髙岡伸一さんが語っておられました。


大阪の近代の歴史にとって、
とても重要な場所
「江之子島」を探ります。

「大阪府工業奨励館附属工業会館」
竣工年:1938年(昭和13)
設計 :大阪府営繕課
改修設計:長谷工コーポレーション
構造 :鉄筋コンクリート造4階建、地下1階

※このブログは月刊中之島 Vol.47(2012年6月)
『大阪の「ウェストゲート」を旅する。』
 を参考にしています。