2013年8月25日日曜日

駿府の往時をしのぶ〜駿府城


駿府の主・家康が在城していたころは、
江戸とならんで政治経済の中心地として
大いに繁栄した地。

ただ家康亡き後は城主となった
忠長が改易されると
駿府城は城代の管理となったそうです。

寛永12(1635)年の火災で
天守をはじめそのほとんどが焼失、
天守は再建されませんでしたが、
宝永・安政の地震で再び失われたとか。

巽櫓
(たつみやぐら)」は、
東南角の辰巳の方角を守る。
寛永15年再建のものは安政大地震で全壊とか。
櫓建築でも例の少ないL字型の平面を持つもの。

少し進むと「東御門」。
奥手に21階建ての静岡県庁舎別館。

桝形門である「東御門」は、
門前が 安藤帯刀
(あんどうたてわき)の屋敷
であったことから「帯刀前御門」とも。

高麗門」を櫓から臨む。


 
本丸跡に出立つ 家康像。
横にあった「みかんの木」は、
御手植えのみかんともか。。。

城内の「マロニエ園」とやらには、
みかんのオブジェの付いた
青島平十 さんの記念碑があった。
1965年に県の奨励品種「青島」を
静岡中心に広めたのが青島さんなんだとか。

二ノ丸水路
水路両側は石垣で底の部分にも
本丸側約50mにわたり
石が敷かれているそうで、
底が洗い流されない構造になっています。
石積みの下の部分は築城当初のものだとか。

こちらは「本丸堀
打込みはぎ」と呼ばれる積み方、
荒割した石を積み上げ、
隙間に小さな石が詰められている工法。
なかに入ると...
厭離穢土欣求浄土」の幟。

お茶壷道中の御駕籠とか…

発掘された東御門の鯱。

天守復元図によると・・・
外観は五層に見えるが内部は七階。
一階は瓦葺、二階以上は
鉛と錫の合金の「白鑞葺
(しろめぶき)」。
最上層は銅瓦葺で、
軒瓦は鍍金の豪華なツクり。
竹千代手習いの間
なるものもありました
内部は撮影禁止やったのです…
今川人質時代に過ごした
臨済寺」にあるもので、
今川義元の命日だけ特別公開されます。

城郭はぐるりと残されていて、そこかしこで
往時を偲ぶことができました(・ω・)v