2009年12月26日土曜日

「ヤナカアンキ」の虎





















京都国立近代美術館に所蔵されている
「童子騎虎」という版画。
谷中 安規 さんの1939年の作品です。

  来年は寅年ですね。。

谷中 安規 さんは、
自刻自摺による創作版画作家でもあり、
本の表紙や挿画なんかも手がける方だったそうです。
自刻自摺とは浮世絵のような分業ではなく、
図案や彫り・摺りなどほとんどの工程を
自分で行うやりかたのことをいいます。

装丁で親交のあった
内田 百閒 (うちだ ひゃっけん)さんからは
「風船画伯」と呼ばれていたそうです。

百閒さん谷中安規さんを
   こんな風に語られています。
「画伯の名前は曖昧で、谷中安規だか、
 安中谷規だか間違う怖れがある。
 私は混雑を避けるため、
 秘かに風船画伯と呼んで敬ふ事にしてゐたら、
 後にはご本人もその名を仮用せられる様である。
 風船の繋留索が、しょっちゅう切れて、
 どこかを浮動するのである」


 繋留索 = けいりゅうさく




















アンキさんは明治30年に江戸時代 庄屋を
務めていたほどの名家に生まれたのだそうです。
ただ、家庭の環境は複雑で、
6歳の時に母親を亡くし、
父親は女出入りの激しい人だったようで、
朝鮮で過ごした少年時代は
多感な時期を過ごしたようです。

孤独のなかから絵を描くという時間を
 持つことになったようですが、
彼の描く女の人には幼くて亡くした
母への思いが見て取れるとも言われます。



















「ドラゴンズ・ドリーム」       
 1939年頃(木版) 東京国立近代美術館 蔵


















ヤナカの描く動物たちは、
みんな子どもに対して優しいものとして、
     描かれています。



「竜の夢」
  では困りますので
もう一度虎の絵を。
でも寝てるよな。。
ダメか。。。。


    





谷中 安規(たになか やすのり)
 大正時代から昭和にかけて活動した版画家。
 明治30(1897)年 奈良県桜井市生まれ。
 内田百閒の本の装幀などを手掛ける。
 彼のほか、与謝野晶子や堀口大學、川上澄生、
 棟方志功などと親交があった。
 1946(昭和21)年 栄養失調のため、
 掘立小屋で死去。49才。