2018年5月13日日曜日

熊本たてもの めぐりん⑦ 小泉八雲旧居


小泉八雲こと
ラフカディオ・ハーン。
八雲は、松江市に在住、
旧国名の出雲国にかかる
枕詞の「八雲立つに因んでいる。
1891年(明治24)年11月、
熊本大学の前身・第五高等中学校の
英語教師として島根から赴任。
以後 3年間を熊本の地に、
熊本に来て最初に住んだ家が
この家だそうです。



小泉八雲は、日本の地を踏み
節子と出会うことで作家として
成功することができたと言われる。

なかでも 『怪談』は、
彼女の存在なくしては
完成をみなかったと言われる。

人一倍感受性が鋭く、
感情の起伏も激しかった八雲。
心の安らぎと住まうべき場所が
節子さんだっと思われます。



毎朝拍手を打って拝んでた神棚
引越 当時は神棚がなかったそうで、
ハーンの注文で設けられたもの。

熊本地震後での、被害は激しく、
神棚は落下…
隣部屋の襖に鰹木
刺さっていたそうです。

復旧工事が完了したのは、
2017年10月6日のことです。





日本を世界に紹介した
知られぬ日本の面影
東の国から』の著書は、
熊本での生活から生み出されたもの。

五高の学生のことを、
こんな風に語っているそうです。

「わたくしが
 熊本の学生からうけた印象、
 これはさきにわたくしが
 出雲の生徒たちとはじめて近づきに
 なった時の印象にくらべると、
 だいぶそこに大きなひらきがあった。
(中略)ひとつには、かれらが、
 いわゆる九州かたぎなるものを、
 まるで正札でもつけたように、
 じつにはっきりと表示していた
 というせいが多分にあるのである。」
「九州の学生とともに」より…



「自分の行きたいところに行き、
 人と交わらず、
 誰にも決して面倒をかけない」。
人間関係のわずらわしさを
嫌いながらも、
世話にならなければ
生きられなかった彼が
求めた生き方だと…
そう感じさせる言葉です。