2016年6月10日金曜日

大学をあるく④ 大阪大学 イ号館


大阪大学でもうひとつ古い校舎、
大阪大学会館」となる旧イ号館、
旧制浪速高等学校本館として
1919年(昭和4)に建てられたもの。

旧イ号館は尖塔アーチから
ぐっと伸びる縦線がアクセント、
三角形の窓がそこに連なります。

階段親柱

欄干の飾り格子

玄関欄間のステンドグラスなど

デザインのモチーフが
内外共に統一がオモシロイ。

21世紀懐徳堂」も。

踊り場には…

こちらは中村貞夫さんの
油彩画《
富士<春>9》。
大阪大学文学部出身の画家、
小磯良平に師事したのだそうです。

こちらは「奉安庫」。
奉安庫とは…
戦前の日本において、
天皇・皇后の御真影と
教育勅語を収めるための金庫。

旧制浪花高等学校のもので、
意匠も室内の調度と調和しており、
あまり神道色の感じられない
モダンなものだったのですね。

戦後、GHQの「神道指令」により、
多くは御真影は接収、
奉安庫は撤去されたのですが…
元校長室の角に斜めで仕切られた
壁の中に塗り込められていたことで、
戦前の学校教育史の資料として、
今に伝えられることになりました。



創立80周年を契機に2011年に
リノベーションされました。

こちらは
「浪高創立五十周年記念碑」

同窓会出資で築庭の「浪高公園」、
「自由な心構え」での想いの庭は、
今も阪大生のオアシスに。


豊中キャンパスにはオブジェが点々と、
1964年に現代日本美術展で
最優秀賞の志水晴児氏の

《侵食4 (EROSION4)》。

《飛翔》木村光祐氏の石版画

友よ我らぞ光よと像
  と「まちかね童子
マントをひるがえし、
朴歯の下駄を高鳴らせて闊歩する姿、
市民からも敬愛されてた存在は、
今も受け継がれているのかな?

「大阪大学共通教育本館」
建築年:1929年(昭和4)
設計 : 大阪府営繕課
構造 :鉄筋コンクリート造4階建
所在地:大阪府豊中市待兼山町1-1
【国 登録有形文化財】