2016年6月29日水曜日

倉敷で遊びょーる① 倉敷紡績発祥の地


今年の広島遠征は梅雨真っ只中!!
天気予報がしっかり当たって、
涙雨の三連戦(T_T)
になってしまいました。

雨雲が迫ってくる前に
倉敷をぶらりと…

遊びょーりました。

倉敷は江戸時代は、
天領として栄えた地。

ただ明治維新によって
米と綿の単なる集積地で、
発展から取り残されたそうです。

暗い状況から脱却しようと、
倉敷紡績の創設に
立ち上がったのが大原家でした。

倉紡記念館」は
創業時の原綿倉庫を改修したもの、
まっ白な漆喰仕上げで、
腰を板貼りとした土蔵造り。

増築時に2棟がつながれて、
コの字の平面配置にされています。

左隅の部分の境界は、
煉瓦壁が建ち上げられています。

開館前の入口はこんな感じでした。

提灯の左にあるのは、
イギリスから輸入された消防器具
綿を扱う紡績工場では、
火災の死活問題…従業員の
生命第一の思いなのでしょう。

奥にみえる
大型ストーブのようなものは、
プラット社紡績機械」。
倉敷紡績の品質を支えた機械です。


こちらは“棟方志功の書画”
玉琢かざれば器とならず、
   人学ばざれば道を知らず
」、
描かれたハマナスは強く生き、
美しい花を咲かせるように、
勉強を続けようという意。

戦時中、大原總一郎社長が
従業員たちへの思いのたけをと、
強い願いを棟方が応えたものです。

第4室には、
大阪万博のパネルがありました。
せんい館」に参加したこと。

「せんい館」の
キャッチフレーズは、
“若いあなたのパビリオン”。
ファッションショー」も
当然のことながら見所のひとつ。


至極当然なことですが、
ユニフォームも
他を寄せ付けない、
繕いだったと言われています。


こちらは本社工場集塵室塵突
1889年(明治22)の建設。
始業終業の合図として
使われていた「鉄鈴」。
蒸気によって鳴る
作動装置も当時のまま。
塔屋のフォルムもよすよす。


英国風の鋸型の屋根にも会えました。
倉敷という地名の由来…
蔵屋敷が転じたとも、
中継所として物資を
保管している所を
倉敷地」と呼ぶことからとか。

「倉敷紡績記念館」
倉敷紡績 倉敷工場 原綿倉庫→
建築年:1889年(明治22) 西側の南半分
    1896年 増築
設計 :石河正龍、島田覚人
構造 :木造、一部煉瓦造り2階建て
【国 登録有形文化財】