鹿児島群像 五代友厚〜銅像をたどる


五代友厚
大阪の恩人」と言われた人。
大阪には3つの五代友厚像がある。
一つは大証こと「大阪取引所

初代会頭だった「大阪商工会議所

そして「光世証券」さん。



1836年2月鹿児島に生まれ、
世界地図を模写して藩公に
献上したのは12才のこと。
像は山形屋にほど近い
泉公園に立っておられます。

造られたのは1961年、
ここには1981年に
移設されたそうです。
像は「鹿児島産業会館
を見つめています。

「鹿児島産業会館」の話を…

1967年の竣工。
林立するピロティの柱…

鉄筋コンクリートの
力強い造形から…
きっと「メタボリズム」 ※の
影響を受けた設計者の手に
よるに違いないと…
ググったがあまり
情報がありませんでした。

ふたたび五代さん…
欧州留学経験があり、
明治元年に外国事務局判事として
大阪在勤となったことで、
大阪の人のなられた。

士魂商才」とはその字の通り
武士の精神と商人の才能を
併せ持つという意味です。
島津斉彬から才能に
溢れた男として「才助
という名を賜っていたとか。
29歳の時に薩英戦争が起こり、
長崎で英艦の捕虜となったという、
経験もあるという。

大阪の坂岡勇次という人が、
東京の彫刻家 坂上政克
委嘱され製作されたもの。
もとは国道10号線沿いの
長田陸橋に建設されたという。


※メタボリズムとは?

高度経済成長期、
“社会の変化や人口増加に対応し成長する
建築・都市像”を提案した建築運動のこと。

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