2015年3月10日火曜日

京の冬たび2015 東福寺・勝林寺

今回は「東福寺塔頭 毘沙門堂 勝林寺」
のみってことになりそうです。
虎次郎とは関わりの深い毘沙門天さんを祀る。
毘沙門さんとして

七福神の一人にも数えられている。
サンスクリット語では「ビシュラバナ」、

音として写したのが「ビシャモン」。
全てを聞く」という意味を表す神。

もとは東福寺の仏殿の天井裏に
密かに安置されていた秘仏。
江戸時代に発見されたというもので、
東福寺の全体を守護するために
鬼門にあたるここ「勝林寺」に。

「仏教では、四天王の一人に数えられ、
 須弥山(しゅみせん)の中腹に構え、
 数千・数万とも云われる配下の
 鬼神、夜叉・羅刹を率いて
 鬼門にあたる北方守護を司る。」
堂内右手におられるのが
美と幸福を司る神「吉祥尊天像」。
毘沙門天の妃とされる。
像高104.4cmで 清水隆慶 の作。
こちらは
毘沙門天王、吉祥尊天の御子とされる。
善膩師童子像
(ぜんにしどうじぞう)
同じく清水隆慶の作で像高96.5cm。
「毘沙門天・吉祥尊天・善膩師童子の
 三尊を拝めば一家和合の神(仏)として、
 また子授け、子育て、夫婦円満にも
 御利益があると云われている。」という。
こちらは「毘沙門天王像」の
胎内に納められていた
像高16.7cmの「毘沙門天像」。
今回の特別御開帳となった秘仏中の秘仏。

毘沙門堂前堂の左右に描かれた虎の大襖絵。
日本画家の 櫟 文峰 (あららぎ・ぶんぽう)
1926年(大正15)に描いたもので、
風に向かって吼える虎は毘沙門天を、
下の2頭の虎はその妻子である吉祥天
善膩師童子をそれぞれ象徴するとも伝わる。
こちらは毘沙門堂前堂に安置の
毘沙門天立像(御前立ち)」(平安時代)
聖観音菩薩立像」(平安時代)
勝林寺の寺紋はムカデをあらわす。
毘沙門天の使い番とされるのだが、
そうされるのは諸説あるそうです。
たくさんの足を一糸乱れず動かし、
果敢に前進する姿からの連想から、
武田信玄をはじめとした戦国武将の、
守り神として甲冑や武具に多用される百足。
拝観後は〜〜〜
東福寺に行ったときのルーチンワーク?
いつ食べても美味しいです。

特別公開は
3月18日(水)までですよ(・ω・)v

※清水 隆慶 しみず・りゅうけい
1659-1732 江戸時代前期-中期の仏師。
万治(まんじ)2年生まれ。京都の人。
大和(奈良県)生駒山宝山寺の
湛海(たんかい)のもとで仏像制作にあたる。
湛海没後は単独で活躍。人形も制作し、
「風俗百人一衆」(現存)が知られる。
享保(きょうほう)17年11月死去。74歳。

※櫟 文峰 あららぎ・ぶんぽう 
岐阜県高山に生まれる。
加藤英舟に師事し四条派を修得する。
別号・雪庵。名は順造。
大正2年に第7回文展に《唐もろこし》で初入選。
後に京都市立絵画専門学校
(現在の京都市立芸術大学)別科に学び、橋本関雪に師事し、
12年には師に随行して中国を歴遊した。
戦後は高山に帰郷し画作三昧の生活を送った。