2011年2月23日水曜日

TARO100 日と月




















 《日の壁》1956年

岡本太郎さんのパブリック・アートの
代表作が1956年に東京都庁内にあった
《日の壁》《月の壁》《建設》などの
7つのレリーフ壁画たちである。

「ラジオ、テレビに見られるように、
 大量に生産され、
 ひろく一般の身近に
 ふれるものこそ価値がある」

都庁の顔として多くの都民に親しまれ、
1954年には
建物設計者の丹下健三と共に
フランスの建築雑誌『今日の建築』から
「国際建築絵画大賞」を受け
た名品であった。




















 《月の壁》
1956年

ただ、
芸術の大衆化を目指した太郎さんは、
代表作の《太陽の塔》
あまりにも露出度が過ぎたからなのか。
美術界からは黙殺され、
評価も否定もされなかった時を過ごした。

そんな中で、
パブリック・アートであったはずの
日と月たちは
不遇な扱いを
受けることになっていたようである。

公共空間の芸術を研究する
東京大学大学院柴田葵 さんによると、
「丸の内庁舎は行政職員の肥大化と共に、
 第一本庁舎新設後数年にして手狭になり、
 廊下にまで執務室を拡張し、
 臨時の説明会場等に利用するありさまだった。
 そのため、陶板レリーフの前に
 書類や機材が積み上げられて作品が
 見えなくなっていることもあり、
 芸術作品としてのまっとうな扱いを
 受けていなかったのである
。」
なんともザンネンな話である。

でもそんな扱いにさらに追い打ちをかける。














都庁の新宿新都心への移転が持ち上がり、
壁画は撤去やむなしという判断である。
「コンクリート壁に埋め込められていて
 取り外し困難な上、
 低温で焼かれたタイルは崩れやすく、
 既にひび割れ等が生じていることが判明」

1990年の12月に
美術評論家の瀬木慎一さんらが
自らが保存すると表明したものの、
短い期間での
取り外しを求められて断念。
1991年9月に壁画は失われます
















カベはタテモノと一体、
運命を
委ねるしかなかった。
まさにそんな時代だった・・・















《月の壁》(原画)
 板橋区立美術館 蔵

















《日の壁》《月の壁》(複製)
都庁レリーフから型取りされた1/5スケール
(のちに東京都現代美術館に所蔵)


参考文献:
「建築移転時における
 パブリック・アートの運命 : 東京都庁移転の場合」
  柴田葵(東京大学大学院博士課程)