2012年5月20日日曜日

横浜・山手西洋館をあるく 山手資料館

山手資料館」と名付けられた建物は、
横浜山手の西洋館のなかでも異彩を放つ佇まい。
ちょっとメルヘンチックな雰囲気を持つ。
元々は横浜市中区本郷町2丁目あたり、
当時の本牧というところに1909年(明治42)、
中澤兼吉邸の一部として建てられたもの。
震災の被害は少なかったようだが、
1929年(昭和4)に諏訪町(横浜市中区)に移築。

戦後は接収されるが永らく中澤家ゆかりの方の
住居として使われていたのだが、
1977年(昭和52)年マンション建設で
取り壊されるところを
当時の「横浜十番館」のオーナーの本多正道氏が
洋館部分を買い取り、現在地に移築したもの。
隣接する「横浜十番館」











中澤兼吉の屋敷は戸部村の大工によって建てられ、
この洋館もその日本人大工の手によるものだという。
もともとは和館に附属して建っていたのだそうだ。

フランス瓦で葺かれた独特の形の屋根、
細かい装飾で飾られた妻飾りや破風など。
外壁のドイツ下見板張り、

鎧戸(よろいと)つきの上げ下げ窓などなど...
明治末期に洋館を建てた
日本人大工の意気込みがここかしこに。

内部には横浜開港期を偲ばせる資料が展示されていて、
日本最初のビール工場を建設したコープランド
ボーイスカウトの創設に携わったグリフィン
生麦事件の犠牲者であるリチャードソンなどの
資料が所狭しと並べられていた。


前庭はバラ園として設えられていて、
まだ満開ではなかったが薔薇の似合う洋館。
ちなみにバラ園は開門時は
自由に立ち入ることができる。



資料館前にある「獅子頭の水道用水栓」。
明治の中頃 英国から横浜市が鋳型を取り寄せて造った。
目の前には外国人墓地・・・
遠くに「横浜ランドマークタワー」を臨む。


旧中澤兼吉邸
建築年:1909年(明治42)
構造:木造2階建て
設計:不明
【横浜市認定歴史的建造物】

※建物名をクリックすると
グーグルマップ「虎次郎の横浜洋館まっぷ」が見れます。
横浜の歴史的建造物ポストカード「山手資料館」