2015年6月18日木曜日

堺の街並みを往く〜浜寺公園警ら所

浜寺公園は 1994年(明治6)にできた、
おそらく日本での最初期の公営公園のひとつ。
南海電鉄浜寺公園駅からまっすぐ向かう、
正面入口横に設置されているのが、
浜寺公園警ら連絡所」。

鉄筋コンクリート造りながらも、
神社のような建物に赤いランプ
壁面や窓は打って変わって洋風の仕上げ。
もともとは派出所だったようですが、
今は普段無人の連絡所となっています。

浜寺公園といえば…松林とともに、
ハマスイの愛称で親しまれる
「毎日新聞社浜寺水練学校」があります。
今年で109年の歴史と伝統があり、
大阪南部の子どもたちが泳ぐということに、
その楽しみを広げる場所となっています。

話は少しそれますが、実のところ…
虎次郎は速くはないのですが、
浮き輪のような腹回りのお陰ではなく、
泳ぐことに関しては、
小さい頃に祖母に通わせてもらった
京都踏水会”での水練のお陰にて、
海なら沖合のブイまで泳げるのです。

古くは後醍醐天皇の勅命により、
高石浜に大雄寺が建立されて「浜の寺」と
呼んだことに由来すると伝えられています。
万葉の時代から「高師の浜」と呼ばれる

美しい松原の続く海岸であったそうです。
茅渟海(ちぬのうみ)と呼ばれていた頃の大阪湾では、
数キロにわたって松林が続いていたそうです。

松に囲まれた警ら所の屋根の鬼瓦
よくみると警察のマークになっていて、
すこしお茶目な表情で、
天狗の鼻のように突き出ていました。

「浜寺公園警ら連絡所」
建築年:1932年(昭和7)
構造 :鉄筋コンクリート造、平屋建
設計 :平林亀五郎
所在地:堺市西区浜寺公園町二丁目