2015年6月17日水曜日

堺の街並みを往く〜諏訪ノ森駅

浜寺公園駅のひとつ難波よりの駅
諏訪ノ森駅」、
平屋建ての小規模な駅舎だが
こちらもとっても秀逸なのです。
1919年(大正8)の建築ですが、
現在は上りの駅舎は
西駅舎として使われています。
48 ㎡程度の建坪と小さいながらも、
まさに“諏訪ノ森”のシンボ ルとして、
地域に溶け込んでいます。
白砂青松の松林から続く海原の彼方に、
遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラス
入り口上方の窓にはめこまれていて、
かつての海岸の様子が描かれています。
当時この辺りは
船尾村と呼ばれいたそうですが、
村社としてかつて存在していた
「諏訪神社」が駅名の由来だとか。
線路側の高い位置にはステンドグラスのと、
ほぼ同じかたちの窓が設えられていまして、
外観的にはバランスが保たれています。
プラットホームはもともとは「島式」、
ホーム両側が線路に接する形式だったのですが、
下りホームの幅員を広くするため、
1966年(昭和41)に下りホームのみですが、
難波よりに約60メートルずらしたのだそうです。
今は西駅舎から下りを利用する場合は、
踏切を渡って反対ホームに行くことになっています。
南海本線は関空開港も伴って、
特急電車の高速運転が進んできており、
かねてから高架化が望まれていました。
高架駅が出来て、
愛着の駅舎がなくなるのでは、
との心配もありましたが…
高架後は現駅舎は地域のシンボルとして、
新駅舎と離される位置に、
配置されて活用されるそうです。

券売機の横には2人掛け程度の
小さな待ち合い空間が作られています。

左右に立つ柱は
上にいくほどに細くなっています。
頂部は薄い板で押さえられて、
その下にはめ込まれた正方形の飾りから、
リボン上の飾りが垂らされているという、
凝りに凝ったツクリは紛れもない、
19世紀末に流行していた
セセッションスタイル※。

時代の余裕さが醸し出されていて、
大正ロマンの風を今に吹かせていました。

「南海諏訪ノ森駅 西駅舎」
建築年:1919年(大正4)
構造 :木造1階建て
設計 :南海電気鉄道
所在地:堺市西区浜寺諏訪森町西二丁
【国 登録有形文化財】

※セセッションスタイルとは?
大正初期の工芸や染織に関する資料に散見される言葉で、
セセッション(ウィーン分離派)の工芸作品を特徴づける
幾何学的意匠や渦を巻く植物模様が見られる様式を
意味する場合が多い。
具体的にどこの部分が「セセッション」なのか、
定義づけよりもひとつの側面として、
斬新奇抜なものをセセッション式と
形容することそのものが当時流行していたと思われる。
昭和初期のアール・ヌーヴォーやアール・デコを、
しばしば「モダン」と形容されたことと同じ。