2014年6月14日土曜日

絵にみる和食通⑬ 高級魚はもとは庶民の味


縦長に描かれた長沢蘆雪
「鱈図」のドアップ…

かつて大丸梅田店地下の食料品売り場で、
バイトしていたボクにはおなじみの魚。
棒ダラでなく生はニオイがスゴイから、
一週間も売っていたらどんなに
お風呂に浸かっても
カラダそのものが鱈ちゃんになってた。

「鱈図」長沢蘆雪 画
(和歌山 串本応挙芦雪館 蔵)

蘆雪の師である円山応挙もあんぐり口を
開いたタラの全身の図があるそうで、
応挙のは横長に描いているのだそうです。

ところで…
鱈はほとんど刺身で
食べられることはありません。
タラちりとかお鍋に入れるとか…
棒ダラなんかの干物としての保存は、
鱈の美味しさがどこまで続くのかという
ことを端的に知る保存法なのです。

魚のうまみ成分は
グルタミン酸とイノシン酸
魚を釣り上げてすぐ〆た魚は、
身はコリコリしていて独特の歯ごたえ。
ただ味としては
ほとんど無いように思えます。
理由はタンパク質が
まだ分解されていないから、
しばらく時間を置くと
アルカリ性の死んだ直後の魚が、
やがて乳酸を発生させて酸性になる。
普通酸性の食べ物のほうが
美味しいと感じるのです。
魚はしばらくしてからの方が
「お・い・し・い」ってこと。
「鮟鱇図」彭城百川 筆

彭城百川(さかき ひゃくせん)と読む。
絵入貞徳狂歌集』には、
独特の調理法の”鮟鱇のつるし切り”
挿絵があるそうなのだというが…
見つけられなかった。

本朝食鑑』という
人見必大(ひとみ ひつぜん)が著した書には、
鮟鱇が元禄時代から親しまれとある。
浜で捌かれるということは、
足が早いということ。
美食として持て囃すように好んだのは、
あの徳川光圀さんなんだそうです。

小菅桂子さんの
水戸黄門の食卓―元禄の食事情 (中公新書)
によると... 水戸独特の料理法は
共酢(ともす)で食べたとある。
あん肝は海のフォアグラとも称され、
江戸時代の頃には「三鳥二魚」と呼ばれる
五大珍味の1つに数えられていたそうです。
ちなみに三鳥二魚は、
鳥=鶴、雲雀、(バン)魚=鯛、鮟鱇。
「河豚図」池大雅 筆

毒を持つことは知られていましたが、
日本人は有史以前から
河豚を食べていたらしく、
もともとは庶民の魚だったのです。
「初松魚自画賛」渡辺崋山 筆
(兵庫 柿衛文庫 蔵)

籠の目や潮こほるゝ初松魚」との画賛、
初鰹をどうやら刺身にして、
葉もとまで大根をおろそうとしている画。
「わさびおろし」のようなものに大根、
16世紀の室町時代の終わりごろか
17世紀の江戸時代の初めに書かれたという、
料理伝書『庖丁聞書』(ほうちょうききがき)
て「おろし」がすでに使われていたそうである。

焼き魚に大根おろし」の食い合わせ…
科学的にも理にかなったことだそうです。
高級魚といえばあのマグロ、
かつては下卑の魚とされていて、
京都や大阪ではもっぱら鯛で、
当然 饗応料理には登場しませんでした。
  
そしてタイやヒラメには
「山葵しょう油」か「辛味噌」、
マグロやカツオには
大根おろししょう油」が定番とか。
もちろん、マグロは赤身の部分だけが、
トロは捨ててかえりみられなかったのだとか、
イマの高級魚は昔は流通できなかった魚たち、
流通と冷凍の賜物なのであります。

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