2013年11月3日日曜日

ヨコハマは雨⑧ 豪華客船・氷川丸


ヨコハマは雨。
氷川丸に乗船したくらいが一番のふり...
写真を整理し思い出しました。

大桟橋の上空にも雨雲がかかっていました。

氷川丸は
1930年にシアトル航路用に建造された貨客船で、
当時の最新鋭大型ディーゼル機関を搭載。
先進の安全性を誇っていましたそうです。

航空機時代の幕開けで、
1985年8月に横浜港出港を最後に
引退するまで日本の海運をささえてきました。

戦時中は政府徴用船となり海軍の所属に、
終戦までに3回も触雷したこともあるそうですが、
日本郵船の大型船のうち唯一
沈没を免れたのがこの船なのだそうです。

一等児童室
客船全盛期の11年3カ月の間で
実に太平洋を146回横断したとか。

映画『街の灯』完成後に来日した
チャールズ・チャップリン、
米国公演帰りの宝塚歌劇団が乗船するなど、
華やかな時間を刻んだのだと思います。

一等食堂

客船時代のディナーが再現されていました。

こちらは「一等喫煙室

当時の喫煙は社交の場でもあり、
暖炉を囲んでの会話が交わされたのだと。。。



フランス人 マーク・シモン さんらによる
アールデコ様式の内装が施されていて、
まさに「海上の貴賓館」。

戦後1951年にシアトル・ニューヨーク、
そして欧州航路定期船に就航します。
その後内装はアメリカンスタイルに改装され、
シアトル航路の復帰を果たします。
ところで船名の「氷川丸」。
さいたま市の氷川神社の神棚が
船内に祀られていて、
社紋である
「八雲」の神紋がデザイン化されて
使われています。

氷川丸は強運の船。
戦時中の3度の触雷、
戦闘機からの銃撃、
潜水艦との遭遇をくぐり抜ける。
敗戦後には戦後賠償の差し押さえ...
最終航海の後も解体スクラップ。

幾多の試練を乗り越え1961年から
山下公園にて一般公開。
こうして多くの人に見られるようになったのも、
氷川神社の霊験あらたかなるをもってでしょうか。

こちらは「一等客室
冷温水の出る洗面台がつき、
スプリングのついたアメリカ製のベッド。
当時としての最新式が導入されていました。
ベッドを飾るのは給仕が折った「飾り毛布」。

いろいろな折り方がありこれは
「日の出」という折り方で、
給仕から給仕へと代々受け継がれたそうです。



日米関係の悪化で1941年に航路休止、
その後は在日外国人の帰国と海外残留邦人の
引き揚げの役割を担いました。

「操舵室」

「機関室」

もともと1,000人を収容できる構造でしたが、
敗戦濃厚となって南方の島々と日本の間を
ピストン輸送するため収容人数を増やし、
傷病兵をはじめ
およそ3万人を運んだと推算されています。





下船したころにようやく青空が...