今年も「ボン梅ぇ〜〜い」なり リンクを取得 Facebook Twitter Pinterest メール 他のアプリ 投稿者: 虎次郎 - 2月 16, 2013 今年も「天満天神梅酒大会」に。「梅酒ブースの拡大」と「レイアウトの変更」のお陰にて…かなりスムーズな運営になっておりました。それと…ファストパスで ほぼ待ち時間なしでラクラクに各ブースに入場出来ました。 今年もスタッフさんの笑顔も初日から満開です。ボン梅ぇ〜〜い倍増にて 楽しみました(・ω・)v リンクを取得 Facebook Twitter Pinterest メール 他のアプリ
異界との出入り口《春日権現験記絵》 投稿者: 虎次郎 - 9月 16, 2021 『 春日権現験記絵 巻八 』の一場面 板葺きの屋根の軒先から、 腰に 小槌を差した赤鬼 が家の中を 逆さまにのぞき込む。 家の中では 男が激しく嘔吐 … ただ事ではないことは察しがつきます。 屋根の上の鬼は男に 取り憑こうとしている "疫病神" 。 《 化物昼寝鼾 》見越し入道ら 鳥居清長画 1784年 逆さまにのぞき込む異形 … 恐怖を呼ぶ一つのパターン。 現代の 都市伝説 にも、 車のフロ ントガラスの上から 逆さまの顔がすっと下りてくるとか… 妖怪の見越し入道 にも、 後ろからぐっと首を伸ばして 顔を逆さまに出してくる。 妖怪や幽霊が上の方から 逆さまに姿を現すというのは、 恐怖を感じるパターンとか。 ただ『春日権現験記絵』家人たちは、 鬼に気が付いていないと言うより、 見えていないのだと思います。 病人のいる家の外に 石が置かれ 、 祭壇を置いたあとも見えます。 小屋の中には既に命を引き取った とみられる女が横たわっていて、 《病草紙》 の形相ともみえます。 詞書にはこうある… 「弥生の朔日、河原に出たるに、 傍らなる車に、法師の紙を冠にて 博士だちをるを憎みて 祓戸の神の飾りの幣帛に 転も紛ふ 耳はさみかな」 「 耳はさみ 」とは、 林立した幣帛に紛れた紙冠、 もしくは、場にふさわしからざる 法師その人を指す とか… 呪術を終えて帰っていくのは 陰陽師 の" 声聞師 "※1か それとも僧形の" 宿曜師 "※2か。 さらに左に絵巻をたどると、 物々しい武士の一段。 詞書によると、館の主である 大舎人入道の夢にでてきた武士 。 人の目には見えない疫鬼、 夢の中でだけみることができる 武士の一団も疫病が可視化されたもの。 14世紀初頭の制作された時代、 "鬼と武士"に異形なる存在 に、 疫病の姿が表されているのです。※3 実は 武士の登場は巻二 にみえ… 残虐なシーンを描き出し、 武士が世を騒がし、 厄災を撒き散らす存在 として、 共有されていたことを 焼き付けさせていました。 巻六第一段には、 地獄の表現 がみられます。 実はこのシーンは、 春日明神のおはからいで 地獄行きを逃れた男。 春日明神の案内で " 地獄ツアー "の一幕なのです。 この男は 興 続きを読む
2015あけおめ!! 投稿者: 虎次郎 - 1月 01, 2015 今年のマニフェスト 1.ココロの優しい美女に出逢ふ 2.歳男 無事これ名馬なり 3.阪神タイガース日本一 4.すべての人に幸あれ ちなみに…昨年の事業報告をば。 1.スタジアム巡りを完結させる 西武ドームに乗り込み叶わず。 虎観戦は2014年はこんな成績でした。 25勝17敗0分3中止 勝率5割9分5厘 地方遠征は草薙、広島、横浜、 そして屈辱の福岡 2.三陸に行ってみる 東北には行けなかったけど… いろんなことに行きましたし、 地元のお酒も楽しみました。 3.映画を10本 新書を20冊 映画は4本、新書は10冊。 達成度悪すぎました(TдT) すでにFacebookの奴隷になっております。 今年はライブを大事にいたします(._.)。 4.ココロとカラダを整える 扁桃腺がハレて62時間ダウンしたことが ありましたが…発熱はこの3日のみ。 2月にちょっとトラブルに見舞われたけど、 おおむね元気に過ごせました。 ココロの方は…というと。 そろそろ尖るのをヤメないと思うけど、 感情おしころしてなんて無理だから。 すこしは大人っちになれますように。 てなわけでハチャメチャな虎次郎を よろしゅ〜〜〜〜に(・ω・)v 続きを読む
神戸山の手をあるく〜旧ディスレフセン邸 投稿者: 虎次郎 - 6月 05, 2015 山本通三丁目に建つ 旧 ディスレフセン邸 。 1895年(明治28)に建築ですが、 現在は門兆鴻氏の邸宅として現役。 主屋と付属棟を結ぶ渡り廊下があり、 使用人部屋や厨房につながります。 小松益喜 さんが1970年に 「 渡り廊下のある異人館 」として、 描かれています。 小松益喜さんの 「 神戸異人館今昔 」によっても、 神戸の北野町、山本通り、 そして居留地にも現存していない 貴重な渡廊下のついたお家です。 旧ハンセル自邸と異趣を画すのは、 山本通に面した北側にも、 硝子戸立てのベランダ が 設えられているところでしょうか。 日本瓦葺となっていますが、 スティックワーク といわれる、 外壁に柱や梁を装飾による 切妻屋根が目を引きます。 左右非対称でありながらも、 切り妻屋根の組合わせが、 落ち着きなかにリズミカルさを 醸し出しているように思います。 色は戦時中に スイス人の ジーベルへクナ一 さんが 居宅としていたころがヨカッたそうで、 柱は深緑、下見板は灰色、 窓枠は深緑、鎧窓は黄緑だったとか。 個人の邸宅なので中を伺うことは できないのですが… やはり使われてるほうが おうち本来の姿ですもんね。 「 ディスレフセン邸 」 →門兆鴻邸 建築年:1885年(明治18) 構造:木造2階建 設計:A・N・ハンセン 続きを読む