2011年5月5日木曜日

大大阪をあるく27 旧第四師団司令部庁舎



















虎次郎は
「博物館学芸員」って資格を持ってる。
その実習先だったのが
大阪城とはまさに和洋対照の
「旧大阪市立博物館」
なぜ西洋の城郭風なのかは謎だ。。。

















現在ある
大阪城天守閣は
1928年に
再建されたもの、
「市民の寄付で
 建てられたお城」
ってことになってるが、






寄せられた寄付の150万円のうち
天守閣は47万円、
司令部庁舎にはなんと
80万円がかけられている。
軍の施設を誘致するための寄付であったのが
その時代を表している。
















今では天守閣との光景は異彩を放っているが、
建設当時はこの建物の正面に、
和歌山城の二の丸から
移築してきた御殿があり、
庭園がしつらえていて純和風のなかに
要塞が飛び出たような風景が
広がっていたようである。










ところで紀州御殿と呼ばれた建物だが、
戦後米軍にこの地域が接収されていたときに、
米兵の失火により焼失してしまう。
接収解除の1年前のことだけに
   残念でならない。











1948年に接収が解かれて、
「大阪市警察本部庁舎」、
「大阪府警察本部」を経て、
1960年から41年間は
「大阪市立博物館」として使用されていた。
真ん中にだだっ広い大きな廊下が
  あったのが思い出される。

















実はこの建物が映画登場したことがあるらしい。
『ゴジラの逆襲』という1955年の作品で、
ゴジラとアンギラスの格闘に巻き込まれて、
天守閣もろとも破壊されたということになってる。













ただ破壊シーンは映画中にしっかりとは
描かれていないのだそうだ。
ただこの風景もいつまでか??
「大阪歴史博物館」に取って変わっているので、
いずれは撤去されるのかも知れず、
思い出深い場所だけにシンパイである。















「旧第四師団司令部庁舎」
「第四師団司令部庁舎」→「大阪市警察」→
「大阪府警察」→「大阪市立博物館」→閉館
 建築年:1931年(昭和6)
 鉄筋コンクリート造3階建 地下1階
 設計:第四師団経理部